発熱の診かた・考えかた・
向き合いかた

診療の心構えから鑑別のアプローチ,診断エラーにつながるピットフォールまで

発熱の診かた・考えかた・向き合いかた

■著者 青木 洋介

定価 3,850円(税込) (本体3,500円+税)
  • A5判  264ページ  2色
  • 2022年2月3日刊行
  • ISBN978-4-7583-2232-4

診断に至るまでの思考プロセスに着目し,読み進めるうちに臨床力が身に付く一冊!

発熱を診た際に,どのような疾患を想起し,どう原因を絞り込んでいくのか ― 単に具体的な診断名をつけるためだけの手引きではなく,診断に至るまでの思考プロセスや身に着けておくべき知識を優しく・わかりやすく・温かい語り口で丁寧に解説。また診断エラーにつながりがちな“直感的に診断名をつけたくなってしまう誘惑”の認知心理学的な側面にも着目し,エラー回避のためのtipsを詳解。読み進めるうちに臨床力が身に付く一冊。


序文

はじめに

 1984年に医学部を卒業して間もなく,「カテ熱」や「吸収熱」というあまり科学的でない,しかし今振り返ると大きな間違いでもないベッドサイド用語が普通に使われていました。それらの原因をあまり深く考えたことはなかったように思います。そして,もう自分が忘れているだけで,発熱に対して抗菌薬を処方するということに疑問を抱くこともなく,患者さんのケアをしていたかもしれません。
 しかし,2000年に呼吸器内科から感染症コンサルテーション診療にシフトしてからは,発熱を有する患者さんを診る機会が当然ながら多くなりました。熱があるのは患者さんにもわかりますから,医師にとってはプレッシャーです。主治医のみでなく,相談を受けたコンサルタントとしても気になるのが患者さんの発熱です。熱が治まらない限り,コンサルタントとしての問題解決を示すことができていない,というとややオーバーですが,“解熱”を待ち望んでいるに違いない主治医からの信頼感が薄れていくのではないかと気になります。
 経過観察あるいは解熱剤処方で対応してよい発熱と,すぐに問題解決を図るべき発熱,という二つのタイプがあることを経験的にわかっていたものの,系統立てて考えようとしていなかったであろう2007年のことです。感染症の勉強のために購読していたInfectious Disease Clinics of North Americaに『不明熱』(Fever of Unknown Origin)の特集号が組まれました。このguest editorであったBurke A. Cunha先生の「発熱患者の診療アプローチにおける一般検査の有用性」を読み,これこそが臨床の叡知! と強く思いました。
 そして,実はそれ以前にCunha先生がinforma healthcare社から同様の本を出版なさっていたことを知り,早速買いました。深緑色のハードカバーで,表紙の上半分に黒の背景に金色の文字で「Fever of Unknown Origin edited by Burke A. Cunha」と書かれているこの指南書には,悪性腫瘍における発熱,肝硬変を有する患者さんの発熱,リウマチ性疾患,高齢,入院中,術後,それぞれのカテゴリーに属する患者さんの発熱,等々について詳細な記載がなされており,非常に感銘を受けました。感銘を受ける本というのは,読み進むごとに自分のなかに新たな知識が定着し,視界が広がっていくことを実感させてくれる本,と表現してもよいと思います。
 この本を読みながら,あるいは読み終えた後も,私の日常診療の守備範囲で大きなエリアを占める入院患者さんの発熱について,TPRシートを見ながら診療してきました。菌血症をきたして亡くなった進行癌の患者さんの熱型,輸血・手術・薬剤投与による,あるいは,これら二つの因子が関与していると思われる発熱など,機序的には比較的限られているとはいえ,多くの患者さんの発熱を診る機会がありました。
 私のみではありません。多くの医師が自分の患者さんに認められる発熱と日々格闘しています。発熱という新たな問題が起きるのは,医師にとって何かとネガティブに作用します。急に沸き起こった新たな問題は,その患者さん以外の方のケアにおいても,そして自分自身の精神衛生の観点からもよい影響を及ぼすことはありません。
 臨床の現場で圧力に感じるさまざまな出来事が起きたり,急に仕事が降ってきたり,ほかの患者さんの容態が変化したり,私生活で頭を悩ませることが生じたり……。勉強会やケースカンファレンスではスラスラと意見を述べることができても,現実の世界では,ときに日常の診療が医師にとって容赦のないものに映ります。その背景にはどのような要因や環境があり自分の内外で作用しているのか,ということを知り,容赦なく医師にプレッシャーをかけてくるかのような現実世界の苦難をかわしながら,自分のもてる臨床力をそのまま発揮できる能力を養うことが必要だ,と考えました。これが,本書を書こうと思った原動力です。
 本書が,発熱を有する患者さんの診療にあたる医師―おそらくすべての臨床医の皆さん―にとって,診断アプローチのoverviewを把握する一助となることを願っています。また,発熱診療に関する知識ベースの系統的な構築に加え,日常における医師の心的ストレスの解剖に基づくメンタルヘルスの維持においても,お役に立つことができるのではないかと思っています。
 本書を書き始めて数カ月が経過したころ,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的パンデミックが発生しました。私自身の本来の職務が感染症診療,感染対策であるため,この有事的感染症に対する院内外の用務に駆け回ることが多く,執筆作業が幾度も,中~長期にわたり中断しました。
 この間,辛抱強く,何度もお待ちいただいたメジカルビュー社の山田麻祐子様,加賀智子様,石田奈緒美様に心から感謝申し上げます。COVID-19の第4波の初期あたりでしょうか。横浜で開催された日本感染症学会・化学療法学会の合同開催の地にも,市ヶ谷から足を運んで励ましと労いのお言葉をかけていただきました。
 なお,今回も前著「ちょっと待った! その抗菌薬はいりません」と同様に,体の動きや,豊かな(?)顔の表情で私の拙稿を補って,ユーモラスに解説してくれているピヨちゃんに活躍してもらったことにも感謝いたします。

2022年1月
青木洋介
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目次

第Ⅰ章 なぜ医師は発熱の診療が苦手なのか
 “はつねつ”に対する医師の心的反応
  「発熱の診察は得意ですか?」
  「不手際はなかったか?」という後ろめたさ
  「わかっていたのになぜ防げなかったのか?」という反省の念
  「患者さんに熱の原因を説明しなければ」というプレッシャー
  「今はよくわかりません」と患者さんに言ってもよいのです
  「なぜこう考えてしまうのか?」を知る!
 すべての医師に共通のこころのシステム
  ヒトの思考は2パターンに分けられる
  System 1のスイッチは切れない
  “発熱”で動揺してしまうのは,System 1のなせる技
  条件反射的な対応の危うさ
 20ワット・18秒
  ヒトは,System 2の思考が得意ではない?
  脳は省エネルギー
  ヒトの集中力は20秒ももたない
  ベッドサイドを離れてみよう
 Psychological control
  「現場」で発熱を診るプレッシャー
  苦手を克服しよう
 勉強会にはない,診療現場にしかない医師の務め
  
第Ⅱ章 発熱(およびバイタルサイン)総論
 バイタルサインが重要なわけ
  バイタルサインとは
  Bioassayは,身体診察よりもchemical assayよりも高感度
 体温
  入院患者の発熱:熱型を最初に見ない訓練を
  発熱のmagnitudeを確認する
 発熱(体温)以外に着目すべき所見
  脈拍(pulse)
  呼吸数(pulse) platypnea, orthopneをいう

第Ⅲ章 診断アプローチ:考え方
 診断アプローチの概観
  診断するときに決めてかかっていませんか?
  診断するときの思考戦略には2パターンある
 正答を見つける or 誤答を明らかにする
  基本は「誤りを避けようと目を凝らす」こと!
  可能性の高いものだけを見て1つの正解を追う“急降下型”
  可能性ゼロなものを見定めようとする“旋回型”
  自分の考えを肯定するために理由付けするのは正しい?
 自信の程度と正しさの程度
  どんなに自分が正しいと思える経験を積み上げても,
   真に正しいかは確認できない
  確認できるのは,自分が「間違っている」ことだけ
 反証を探そう
  反証を見つけて避ければ,正しいものが残る可能性大!
  Peripheral visionをもとう
  Experimental thinkerでいよう
  英雄視されることもある“急降下型”はリスクが高い!?
  優柔不断にみえるがリスクは低い“旋回型”
 試験や集合学習の思考と患者診療での思考
  院外学習の場では“急降下型”でも問題なし!
  むしろ,院外学習では“急降下型”でどんどん間違えるべし
  実臨床では“旋回型”で慎重に
  “旋回型”は「立ち戻って再考」できる
  2つの思考戦略を意識的にスイッチしてみよう(リスクのない環境で)

第Ⅳ章 問診と診察
 適切な臨床医としてのあり方
  患者さんと向き合うということ
  常識(common sense ~ practical intelligence)
  職工気質(生涯教育)
 問診
  紹介状がある場合の留意点
  既往歴などに関するカルテ記載:Taking note
  患者さんの話を聴く
  医師の振る舞い
 診察
  Naked ? 全身を診ることの大切さ
  事前の説明で気をつけたいこと
  初学者および知識体系
  焦点を合わせた診察
  Bioassay vs. Chemical assay

第Ⅴ章 外来患者さんの発熱~不明熱
 患者さんへの対応
  Patient-centered
  Doctor-directed
  ROWS:rule out worst case scenario
 風邪症候群
  急性気管支炎
  急性咽頭炎
  急性副鼻腔炎
  普通感冒
 リンパ節腫脹(LANp)
  発熱を認める患者にリンパ節を触知したときにチェックすべきポイント
  局在性(≒ 表在性)LANp
  全身性あるいは部位を問わないLANp
  「発熱+LANp」を診る際の留意点
 悪性腫瘍と膠原病
  悪性腫瘍
  アレルギー・膠原病
 発熱で外来を受診する疾患名の一覧
  感染症
  悪性疾患
  疾患各論についてのリストを整理したら,その診断アプローチについて考える

第Ⅵ章 入院患者さんの発熱
 感染症による発熱
  肺炎
  尿道バルーン関連尿路感染症(CAUTI)
  血管内留置カテーテル関連血流感染症(CBRBSI)
  クロストリディオイデス・ディフィシル感染症(CDI):発熱+下痢
  創感染
  そのほかの感染症
  長期療養型施設(LTCF)での診療の留意点
 入院患者さんに認められる非感染症の発熱
  急性心筋梗塞・肺塞栓
  消化管出血
  輸血後の発熱
  薬剤熱
  頭蓋内大量出血
  副腎不全
  詐熱
  脱水による発熱
  無気肺
  胸水・腹水
  静脈炎
  非感染性の下痢
 Nosocominal feverへのアプローチ

第Ⅶ章 発熱の鑑別における一次検査の重要性
 まずは,スクリーニング的考察を
 年齢特性と問診(という検査)
  若年患者さんには,本人が気になる疾患がないかを聞いてみる
 一次検査
  一次検査は診断を確定させるための検査ではなく,臨床医の診察を補うもの
 尿検査
  尿糖
  白血球・亜硝酸塩
  蛋白尿
  尿素窒素やクレアチニン上昇,尿潜血
 末梢血液検査(CBC)
  白血球数と核左方移動
  リンパ球
  赤血球および赤芽球
  血小板
 生化学,そのほかの採血による検査
  肝逸脱酵素(AST/ALT)
  アルカリフォスファターゼ
  LDH
  フェリチン
  赤血球沈降速度
  血液培養
 画像検査
  ピットフォール:画像情報は思考を停止させる
  Bioassayはchemical assayの何百倍も感度が高い
 おわりに
  書籍紹介

おわりに 発熱診療・学習の要約
 達成困難,しかし,到達可能な学習ゴールの設定
  知らないことのほうが多いと自覚できていますか?
  スキルアップには絶対的な知識量が不可欠
 思考・考察のショートカット SubstitutionとIntensity matching
  体温以外のバイタルサインをみていますか?
  発熱と重症度を分けて考えていますか?
  その判断はlogical ? psychological ?
  Substitutionとintensity matchingを知ると,臨床行為がさらに深まる
 診断しないことの効用
  確信できないうちは,無理に一つの仮説を立てなくてもよい
  疾患カテゴリーの区別はつけよう。その先の診断名には,極度にこだわらないこと
  自分が確信をもてる領域=boundaryを見極めよ
  Safety spotに安全に着地するには,生涯学習がカギ
 発熱患者の診療Tips
 固有臓器や組織に異常を認めた場合の発熱の鑑別疾患
  中枢神経系の異常を認める場合
  頸部の異常
  リンパ節腫脹および関節炎様症状
  小腸病変
  骨盤内病変
  そのほか

付表(鑑別診断に役立つ疾患リスト,診療Tips集)
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