脳・脊髄の連想画像診断

画像に見えないものを診る

脳・脊髄の連想画像診断

■編著 森 墾

定価 5,500円(税込) (本体5,000円+税)
  • B5変型判  236ページ  2色,写真300点
  • 2013年4月12日刊行
  • ISBN978-4-7583-0893-9

画像の向こう側まで思いをはせる! 中枢神経・脊髄画像診断のエッセンスと哲学

読影に臨む2人の研修医と指導医の軽妙でユーモアあふれる問答により,中枢神経,脊髄疾患の画像診断についてわかりやすく解説。絵合わせだけでなく,診断に至る論理を問答形式で解明する。
疾患の診断はもとより,CT・MRIとは何か,画像診断報告書の機微と落とし穴,そもそも画像診断とは何なのかを言語学や行動経済学を交えて解き明かす。画像診断に臨む際の心理にも踏み込んだ意欲作。症例画像に見える所見から,別のスライス画像に隠れた所見を連想し,さらに画像の向こう側の病態,患者さんの症状まで思いをはせる...。そんな放射線科医の診断の醍醐味を軽快にそして奥深く追求した書籍。


序文

 画像診断の要諦は,意思決定における二重過程理論を意識的に使いこなすことにある。すなわち,経験に基づく直感的な判断と合理に基づく分析的な判断とを,車の両輪のようにバランスをとりながら読影を行うのがよい。従来の医学教育では,直感的な判断なんて信用がおけず,そんなものに頼るのはトンデモないと,分析的な判断を偏重する風潮があった。しかし最近は医学も含めた各分野で,危なっかしい直感的な判断もそこそこ意外と役に立つので,欠点を補いつつ使いこなそうという機運が高まっている。この直感的な判断は「連想的システム」とよばれ,本書の題名の由来になっている。ただし,本書では「連想的」という言葉に,もう少し別の意味も込めたい。それは,画像から患者背景,症状や病態を想起して診断につなげるという積極的な姿勢である。画像の上に静かに現れている変化を見て,画像の向こう側で起こっている静かならざる状況を的確に連想できる力を身につければ,画像診断の幅が広がり,正診率も向上するであろう。
 本書の実践編では,実際の症例から有用な医療情報をどのように取り出すのかを,できるだけ研修現場の臨場感をもって再現したつもりである。また,基礎編では,そのように画像診断の読影を進めるにあたっての理論的な根拠や論拠を詳述している。従って,実践編では明日の診療にすぐに役立つ具体的なノウハウを習得することができ,基礎編では自信をもってそれを行うための背筋力を鍛えることができるであろう。

 ところで,いきなり話は一転するが,対人論法(人格攻撃,ad hominem)という,意図的もしくは無意識に使ってしまう卑怯な攻め方がある。どのような方法かというと,「今,話題になっている論点」と「発言者の人格」との整合性を俎上に挙げつらう戦法である。従って,このやり方は論理的には誤謬(詭弁=意図的な虚偽)なので,議論(ディベート)では禁じ手とされている。
 例えば,泥棒が「人様のものを盗んじゃいけねぇよ」と言っても,モーゼが「汝,盗むなかれ(8. Thou shalt not steal)」と言っても,述べている内容は同じである。このような場合,論理的には論点と人格とは無関係なので,誰がその論点を述べたのかを攻めてはいけない。主張した本人の評価ではなく,「何が主張されたのか」もしくは「その主張(命題)は真か偽か」こそが重要なのである。しかしながら,泥棒が真っ当なことを訴えても「どの口がそれを言うか,お前に言われたかねーよ」と突っ込みたくなるし,モーゼが下らないことを宣っても「ははっ,ありがたきお言葉っ」と平伏したくなる。これは対人論法なので心して排さなければならない。
 何を言いたいのかというと「私はこれから勝手なことをいろいろ述べますが,私の人格とは無関係なのでご了承ください・・・」という,大上段に振りかぶったメタレベルに関する言い訳である。悪しからず・・・。

1) Daniel Kahneman:Thinking, Fast and Slow. NY, Farrar, Straus and Giroux, 2011

2013年4月
森 墾
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目次

★実践編基礎
 ●頭部CT読影の基本
  画像を見たら,まず本人確認
  CTではウィンドウ幅・レベルを意識する
  両側対称性病変は見逃しやすい
  狭い脳槽や硬膜は「白く」見える
  「血腫は白い」とは限らない
  ベクトル診断
  高エネルギー外傷では要・経過観察
  cortical ribbonの重要性①:脳実質内・外病変の鑑別指標
  脳動脈瘤の3大好発部位
  急性期脳梗塞の機序
  cortical ribbonの重要性②:急性期脳梗塞の検出
  部分容積現象
  病変をひとつ見つけただけで安心しない
  
 ●頭部MRI読影の基本
  多方向撮像の有用性
  MRI=アーチファクト
  FSE-T2強調像では脂肪も高信号
  やはり脂肪信号は抑えたい
  MRI造影剤:緩和時間の短縮効果
  染めないとわからない
  やみくもに染めてもわからない
  TOF-MRAの落とし穴
  流れによる偽病変
  T2強調像で低信号を示すもの
  DWI=T2WI-ADC map
  
★実践編応用
 ●中枢神経感染症
  不均一な髄膜増強効果:細菌性髄膜炎
  薄く均一な髄膜増強効果:ウイルス性髄膜炎
  脳底槽の髄膜炎:結核性髄膜炎
  ツブツブな髄膜増強効果:サルコイドーシス
  中大脳動脈領域の脳表に好発:感染性動脈瘤
  対称性の視床と黒質病変:日本脳炎
  側頭葉前方部と島の皮質下白質の高信号:神経梅毒
  良好な予後が期待できる所見:一過性脳梁膨大部病変
  二相性の発作に注意:急性脳症
  非対称な深部灰白質病変:急性散在性脳脊髄炎
  卵巣奇形腫は無いか?:抗NMDA受容体脳炎
  非対称な辺縁系病変:ヘルペス脳炎
  撮像時の体動:Creutzfeldt-Jakob病
  深部ほど薄い被膜:細菌性脳膿瘍
  動脈性梗塞+静脈性うっ血:真菌感染症
  
 ●認知症
  認知症の分類
  両側海馬傍回の萎縮:アルツハイマー型認知症
  ペンギンの姿をした脳幹:進行性核上性麻痺
  片側大脳脚の萎縮:大脳皮質基底核変性症
  片側優位な迂回回の萎縮:嗜銀顆粒性認知症
  左側頭葉前方部の萎縮:意味性認知症
  側頭葉前方部と島の皮質下白質の高信号:認知症を伴う筋萎縮性側索硬化症
  形態画像ではわかりにくい:レビー小体型認知症
  十字架を伴う橋萎縮:多系統萎縮症
  拡散強調像で遷延する白質高信号:エオジン好性核内封入体病
  くも膜下腔の不均衡な狭小化:特発性正常圧水頭症
  
 ●脊椎脊髄疾患のピットフォール
  画像は「覗き窓」
  水頭症を見たら
  頚椎症?① サルコイドーシス
  術後一過性脊髄腫脹
  頚椎症?② 平山病
  頚椎症?③ アミロイドーシス
  胸椎症?
  腰椎症?① 円錐上部症候群
  腰椎症?② 黄色靱帯血腫
  腰椎症?③ far-out症候群
  腰椎症?④ Baastrup病
  急性横断性脊髄炎
  腫瘍?① 硬膜動静脈瘻
  腫瘍?② 脊髄ヘルニア
  腫瘍?③ 硬膜憩室症
  腫瘍?④ 椎間関節嚢腫
  腫瘍?⑤ 神経根静脈
  脂肪成分あり:変性性骨髄病変
  脂肪成分なし:腫瘍性骨髄病変
  担癌患者は「全身性疾患」かつ,さまざまな加療がされている
  すわっ,骨転移?① 結節性硬化症
  すわっ,骨転移?② 骨Paget病
  すわっ,骨転移?③ 結核性脊椎炎
  すわっ,骨転移?④ 骨髄過形成
  術後性変化:remote cerebellar atrophy
  画像は隅から隅まで
  アーチファクト
  
★読影基礎編
 ●画像診断=言語学
  「百聞は一見に如かず」は嘘
  画像診断=コンステレーション
  画像診断医=言葉というメスを使いこなす医師
  ロジックの三角(所見,論拠,診断)
  「4枚のカード」問題
  言語の恣意性
  絶対的な真理はない①:「醜いアヒルの子」定理
  絶対的な真理はない②:現象観察の理論負荷性
  再び,ユング心理学のコンステレーション
  言語論的転回
  
 ●判断根拠(意思決定):合理性
  診断の暫定基準①=期待値
  現象に名前を付ける
  想起的もしくは網羅的鑑別診断リスト
  実用的鑑別リスト:狭義の二軸思考
  良性と悪性:線引き問題
  連鎖式パラドクス:矛盾の爆発性
  診断を確率的に考える
  特異度とSpPin則①
  特異度とSpPin則②
  感度とSnNout則①
  感度とSnNout則②
  事前確率
  確率的因果の問題点
  画像診断は有利?不利?
  広義の二軸思考(仮説演繹法+系統網羅法)
  
 ●判断根拠(意思決定):期待効用理論
  診断の暫定基準②=期待値×効用?
  宝くじを買う人がいる!
  
 ●判断根拠(意思決定):行動経済学(意思決定心理学)
  診断の基準=期待値×効用×感情(環境)
  アレーのパラドクス
  問題設定の重要性
  明鏡止水
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