根治のための
前立腺全摘術の新しい考え方

最新の“Fascia”認識による膜解剖のパラダイムシフト

根治のための前立腺全摘術の新しい考え方

■著者 川島 清隆

定価 11,000円(税込) (本体10,000円+税)
  • A4判  188ページ  オールカラー,イラスト170点,写真280点
  • 2023年10月1日刊行
  • ISBN978-4-7583-1273-8

根治性を高め,尿失禁を改善するための,全く新しい解剖論と革新の手技による手術書。Ope, Lap, RARPのスキルアップのために!

“筋膜がない!” “層を間違えた!” “そもそも筋膜って何?” 筋膜は膜? 多層性? 結合組織? 細胞外マトリクス? すべての疑問を新しい“Fascia”概念が解決する!
Fasciaの微細構造を正しく認識し,その認識に基づいてマクロ解剖を理解するために必要な解剖を写真とイラストを多数掲載。さらに前立腺全摘術の実際の手術手技についても微に入り細に入り,どこをどう展開するのか,どう剥離/切開するのが有効なのか,までを豊富な写真とイラストで解説。正確な剥離,正しい電気メスの使い方,止血の基本など,これから手術を学ぶ術者が是非身につけておくべき基本操作についても詳述した。
根治性を高め,尿失禁を改善するための,まったく新しい解剖論と革新の手技による手術書。
レベルアップを目指すOpen, Lap, RARP すべての術者に!


序文

はじめに

 ほんの20年ほど前,前立腺全摘術は侵襲の大きな難手術であった。当時十分な手術を行えるものは少なく,多くの若手医師は名手といわれる術者の手術を追い求め,熱心に解剖を学び,解剖と手技について熱い議論が行われていた。時代は移り,ロボット支援下手術の出現によって手術は格段に容易で安全なものになった。短期間で,誰でも一定レベルの手術が行えるようになった。現在,ロボット支援下手術は標準術式とされ,前立腺全摘術を巡る問題は全て解決されたように語られることも多い。前立腺全摘術が,かつては大変な手術であった事を知らない若い医師も増えている。しかし,悪性腫瘍手術において最も重要な根治性については明らかな向上を得ていない。尿禁制についても施設間で成績にばらつきが多く,まだまだ十分とは言えない状況であるように思われる。何故,ロボット時代の最新の解剖(特に膜解剖)や多関節鉗子,立体視,スケーリングなどのロボット技術をもってしても,根治性や尿失禁の問題が解決しないのか? このことをもう少し真剣に検討する必要があると日頃から考えている。

 筆者は,前立腺全摘術に取り組み始めた頃,高い断端陽性,大量の出血,重い尿失禁に悩み,手技の改善のための努力を重ねてきた。解剖の理解の為に,多くの手術書,解剖書,文献を読みあさり,手に入る限りの手術ビデオをすり切れるまで何度も見かえした。手術と解剖に関する講演を聴きまくり,日本の最高峰の術者にも師事した。しかし,解剖書,手術書やビデオの解説やシェーマは著者ごとに大きく異なり,普遍的な理解は得られなかった。また,名人の手術は名人芸であるが故に容易には理解できず,自分ではバリエーションに左右されずに安定して手術を行うことはできなかった。
 こうした中,栃木県立がんセンターで恩師中薗昌明先生の「とにかく解剖を見てみよう」のひとことから,既成概念を捨て,虚心坦懐に徹底して解剖を観察することになった。その結果,骨盤解剖については未だに明らかにされていないことが多く,既存の知識だけでは前立腺全摘術を確実に行うには不十分であると考えるに至った。そして,独自の解剖の本質探究が始まった。

 詳細な観察を続けるうちに,徐々に解剖書には記載されていない解剖の原則や規則性を感じとることができるようになってきた。興味は更に微細な構造へと移っていき,折しも海外で大きな波となっていたfasciaの新しい解釈に出会い,解剖観は大きく変わることになった。
 解剖の詳細な理解のもと,術式の改良に努め,その結果徐々に安定した手術が行えるようになった。出血を減らし輸血も自己血の準備も不要にし,T2症例はもとよりT3症例での断端陽性を低減できた。さらに,根治性と相容れないと思われていた尿禁制についても,著しく向上させることができた。
 現在,筆者はこう確信している。

 「解剖の本質を微細なレベルから理解し,精緻を尽くした手術を行えば,前立腺全摘術の根治性も尿禁制も,これまでよりも格段に向上することができる」

 筆者は一貫して,開腹手術やミニマム創手術で手術を行ってきた。これらにはロボット時代の現在でもアドバンテージもあると考えているからである。しかし,その習得,実施が容易ではないのは事実である。上級者向けの手術であるといえる。筆者自身,未だに手術は長時間の集中力,体力を要する負担の大きなものである。また,現実的に主流はロボット手術であり,開腹手術の優位性を今更主張するつもりはない。
 
 筆者が開腹手術やミニマム創手術を通して行ってきたのは,簡便性を度外視した,純粋な手術の可能性の追求である。最大限の努力をすれば,どこまで手術成績が向上するか,その限界を見極める事が目的であった。こうした探究の成果は,少なからず意義を持つものであると確信している。直接ロボット支援下手術に応用出来ないことも多いが,1,200件以上の前立腺全摘術を通して得た知識や,先達から学んだ技術,理論,広範な分野から得た知識は,ロボット手術が現在の技術的限界を超え,より完成したものになるために必ず役に立つと考え,本書の執筆に至った。筆者の願いは,本書が開腹手術にとどまらず,ロボット支援下手術を学ぶ若い先生方の参考になり,より多くの前立腺癌患者が手術によって確実に根治し,尿失禁もなく過ごせることである。また,技術はいったん廃れてしまうと,その復元は容易ではないため,どうにか本来手術に求められる手技を後世に残したいという思いもある。

 本書では,まず,新しい解剖の解釈を試み,次いで手術手技に関してかなり詳細に記載した。骨盤底解剖はバリエーションが極めて豊富である。そのため,様々な状態に対応できるよう,多くの症例から得た情報の全てを盛り込み,一緒に手術に入って説明しているつもりで記載した。骨盤底解剖については,研究が進んでいるにもかかわらず,未だに不明な点が多い。概念そのものにも多くの混乱が生じている。名称すら統一されていない構造が少なくない。そのため,多くの文献から得た知識を,実際の多数の手術での観察を通して,再現性をもって手術を行えるための情報として整理,再構築した。筆者の解剖の認識はこれまでの常識と大きく異なるものもあり,違和感を覚える読者も少なくないと思われる。また,実際に解剖や顕微鏡的検討を行わずに解剖について語ることにはご批判もあろうかと思う。しかし,科学的に正しいとされる手法で検討された,エビデンスのあるとされる解剖や手術の論文も,それぞれ意見が微妙に食い違っているのが現状である。これは,いずれかが正しく,いずれかが誤りであるということではなく,それぞれの観察者の立場や視点の違い,認識の仕方の違いによるものであり,いずれも真実の“ある一面”しか捉えられていないためであるように思われる。現在の研究方法は,人体の本質を解き明かすためには限界にきているようである(根本的な解決のためにはパラダイムの転換が必要であるが,これがなかなか難しいようである)。そのような混乱した状況の中で,正確な人体観を得,安定して手術を行うためには,不完全な情報を正しい思考によって整理,統合し,真理に近づけていくことも重要であると考える。その際には単なる思い込みではなく,実際に多くの症例を通して詳細な観察を行い,各論文中の真理をつなぎ合わせ,整合性を持たせることで,再現性のある普遍的な原理,原則を有する人体観を得ることが重要であると考えている。
 よって本書が示すのは,エビデンスに基づいた解剖学的事実ではなく,手術における解剖や人体の新しい“認識”の仕方である。無論,筆者の解釈もまだまだ不完全である。しかし,実際に,本書に示す解剖認識に基づいて手術を行うことで,これまでに比べ遙かに安定して手術を行え,良好な成績を得ているのは紛れもない事実である。

 “Fascia”の新しい認識は,ものの見方を180度変え,分散した数々の情報を統合するのに大いに役に立った。さらに,日本整形内科学研究会の小林只医師にご指導いただいた哲学的思考,認知言語学などによるものごとの認知の仕方は,我々の認識がいかにあやふやであるかを知り,表層の奧にかくれた本質を理解することの重要性を教えてくれた。医学という狭い物差しのみで見るのではなく,東洋医学やエビデンスの得にくい分野など広範な領域からの知の統合が必要であると実感している。

「西洋科学は東洋思想の輸血を必要としている」─ エルヴィン・シュレーディンガー ─

 現代の医学において観察は軽視されがちだが,真理探究の強い意思を伴った詳細な観察は,本来は科学の基本であり,その結果の深い分析,思索は重要な意味を持つと考えている。比較解剖学の祖でもあるゲーテも解剖学者三木成夫も観察の重要性を説いている。また,ダーウィンは以下の様に語っている。

「わたしは事実を観察し,あつめることに,せいいっぱい勤勉に取り組んできた」― ダーウィン ―

 筆者の理解や手術手技の基本は,多くの先達の業績や先輩方から教えていただいたものであり,敬意を表するために極力引用元を明示するよう心がけた(科学は多くの有名,無名の先人達による努力の上に発展してきたものであり,パイオニアには敬意が払われるべきである)。
 本書が,若い先生方の解剖と手術の理解の一助となり,更に未知の領域に興味を持つきっかけとなり,その解明に取り組んでいただくことで,前立腺全摘術,ひいては手術そのものが大きく飛躍すれば望外の喜びである。

2023年9月
川島清隆
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目次

序章 前立腺全摘術を考え直す
  前立腺全摘術の進歩
  本当に求められる手術–高い根治性と良好な尿禁制
  なぜ前立腺全摘術は未完成なのか
  例えば腎摘出術
  前立腺全摘術の難しさ
  前立腺解剖の進歩の限界

I. 解剖
 1. 人体解明の歴史
 2. 解剖についての整理,新しい人体観
  “筋膜”という用語の問題
  外科医が作る筋膜
  結合組織の再認識
  細胞外マトリクス
  Fasciaの新しい認識
  連続する線維としての新しい身体観
  高精細内視鏡での観察による新しい解剖観
 3. 新しい解剖観で見直してみる
  骨盤底の解剖のコンセプト
  骨盤底の筋肉
  外腸骨静脈を覆うfascia
  Denonvilliers’ fascia

II. 手術手技
 1. 基本手技を考え直す
  手術という行為の本質
  膜状のfasciaの切開
  実質臓器の切開
  剥離
  電気メス
  止血の基本
 2. 新しい前立腺全摘術の考え方
  分解のしかた(論理的解体)
  出血のコントロール
  完全摘出のために–Anatomical En-bloc Radical Prostatectomy−
  尿禁制への対応
  真の低侵襲性

III. 手術の実際
 1. 手術手順−Anatomical En-bloc Radical Prostatectomy−
 前処置・術前準備
  前処置
  体位
  消毒,ドレーピング
 手術手順
  ①皮膚切開
  ②レチウス腔の展開
  ③拡大リンパ節郭清
  ④側方展開(“3ステップ側方展開”)
  ⑤拡大外側アプローチによる背側剥離(外側からの直腸の剥離,精嚢の露出,剥離,vascular・pedicleの切離)
  ⑥尖部処理,尿道離断
   A. 近位側の止血縫合:水平マットレス縫合,腹側垂直横8の字運針
   B. 遠位側の止血縫合:垂直横8の字運針,垂直運針による分割結紮
  ⑦前立腺背側の露出の完成,精嚢基部剥離
  ⑧膀胱離断
  ⑨膀胱縫縮(1層目)
  ⑩止血,膀胱縫縮2層目
  ⑪新尿道口への吻合糸の運針
  ⑫尿道・膀胱吻合
  ⑬リークテスト,洗浄,ドレナージ
  ⑭閉創
 2. 合併症
  術中合併症
  術後合併症
 3. 周術期管理
  術中管理
  術後管理
  術後経過
 4. 治療成績
  出血量
  根治性
  尿禁制
  治療成績まとめ

【コラム】
 認識論
 かたち1−構造と美
 かたち2−バリエーション,典型と特殊
 J.C.・Guimberteau医師と私
 preciseSECTとの出会い
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