PMS(月経前症候群)
正しい知識をもつために
定価 3,080円(税込) (本体2,800円+税)
- A5判 136ページ 2色
- 2020年10月2日刊行
- ISBN978-4-7583-1994-2
電子版
序文
PMS/PMDDとは何か?
序文にかえて
生殖年齢にある多くの女性が、月経の前に、“イライラ、攻撃的、抑うつ、不安、涙もろい、眠気、集中力の低下、過食、倦怠感など” の症状を訴え、仕事、家事、学業などの日常の生活に支障をきたす状態を「月経前症候群(premenstrual syndrome;PMS)」という。
PMSは生理痛と比較し、これまであまり知られてこなかったが、その理由は、
(1)PMSの症状があまりにも多様である
(2)症状が出る時期は限定されているが、その時期に気づきにくい
(3)軽度のものを含めると、大多数の女性がPMS様の症状を経験しており、生理的な現象とオーバーラップするものもあり、異常な状態(疾患)として本人も周囲も認識しがたい
などが挙げられる。
月経前の不快な症状が日常の生活に支障がない程度であれば、生理現象と捉えられるだろう。しかし現実には、PMSとの区別は困難であり、両者には明らかな境界はない。PMSという診断が付けば疾患として扱われるが、その判断は、本人の苦悩の度合や生活の質(QOL)、治療の希望の有無などの訴えによって決定される。つまり、当人でしか知り得ない内容によって決まるわけである。そのため、「病気の診断は、客観的な所見に基づいて科学的に下されるべきである」という近代医学の潮流から取り残されてきたといえる。
これほど多くの女性が悩んでいるPMSの存在が知られるようになったのは、20世紀半ばであるという事実は驚きである。現在でもPMSの研究は途上にあり、その全貌には辿りついていない。そのため、PMSの診療にかかわる現場の医師は、自身の経験に基づいた治療を個別的に手探りで行わざるをえないというのが実情である。一方、PMSで悩んでいる女性の多くは、“治療の対象となる状態である”ということに気づいていない。また治療を希望しても、多様な症状が既存の診療科で扱う疾患の枠組みに合致せず、どの診療科を受診すればよいのかもわからないのが現状である。
では現代のPMSが、なぜことさら問題となってきたのだろうか。その理由の一つは、働く女性が増加してきたことである。家庭内で仕事をしている限りは、自分のペースで仕事ができるため、ある程度PMSと折り合いをつけることができた。しかし女性の社会進出に伴い、多くの女性は職場のルールに従い受け身的に仕事をせざるを得ず、それがPMSを顕症化させ、より耐え難いものに向かわせた。さらに仕事と家事・育児・介護などの多重負担によるストレスがPMSを増悪させ、その結果、職場でのストレスが一層高まるという悪循環を形成することになってしまったのだ。加えて、男女が性差を考慮することなく、機械的な平等論に則って仕事を割り振られるようになり、PMSで苦しんでいる女性に対する不寛容を醸成してきたといえるだろう。
当然のことながら、月経がなくなればPMSを経験することはない。戦後間もないころまでは、生殖年齢にある多くの女性は、度重なる妊娠や授乳により月経が中断しており、PMSから解放されていた。だが近年は、未婚率の上昇、出産年齢の高齢化、少子化などに伴い、女性が生涯に経験する月経回数が著しく増してきたため、当然PMSで悩むトータルの期間が増えてきている。このようにPMSの発症要因は、現代社会を生きる女性のライフスタイルに根ざしており、知られざる現代病といってよいであろう。
月経と関連があるということで、PMSを話題にすることさえ憚られる風潮がいまだに残っている。しかし、これだけ多くの女性がPMSで悩んでいるという事実、そしてPMSがもたらす社会的な影響に鑑み、もはや正体がよくわからない状態(疾患)といって、見過ごすことはできなくなっている。本人の苦悩もさることながら、社会における女性の貢献が期待されている現在、PMSによる社会損失ははかりしれない。さらに、家庭においては夫婦関係、親子関係にも深刻な影響を及ぼすこともあろう。また、本人の苦しみもさることながら、職場や家庭での人間関係を損なうことで周囲を巻き込むことにもなりかねない。
長年にわたり産婦人科診療に携わってきた筆者は、PMSで悩んでいる女性の深刻さを目の当たりにしてきた。昨今、就労女性の多くにみられるようになった“燃え尽き症候群”や“うつ病”などが社会問題化しているが、PMSがしばしばその予兆となっている。しかし、その症状に対して医療機関を受診する女性は氷山の一角であり、多くの女性は何が起こっているのか理解できず、途方に暮れているのかもしれない。
診療の現場では、PMSで悩む女性を個別的に丁寧に治療することは重要である。しかしながら、PMSで苦しんでいる女性を取り囲む多くの方々(家族、職場、社会)が、PMSを正しく理解し、PMSで悩む女性の苦悩を共感・受容し、彼女たちの生きやすい環境を作り出してあげることのほうが、有意義と考える。家庭においてはパートナーの理解・支援が欠かせない。これらによって、本人のみならずその周囲にとっても、PMSにまつわるトラブルを最小限にとどめることが可能となるものと確信する。
以上に述べたように、多くの方々がPMSに関する理解を深めていただくことが、PMSで悩む女性の救済につながるという期待を込めて本書の起筆を思い立った。最近、PMSを扱った研究が精力的に行われつつあり、ようやくPMSの実相に迫ることが可能となってきている。本書はPMSの歴史、生物学・医学的側面および社会的な問題点などを包括的に取り上げた。
女性の医療に従事する方、産業医、実際にPMSで悩んでいる女性などはもちろんのこと、性別、職業などを問わず多くの方々にPMSなるものを知っていただくことを切に願い、専門的な事項を網羅しつつ、一方では、専門外の方々にもご理解いただけるような記述を心がけた次第である。また本書がPMSに関する世間の関心、理解、支援を高めることで、PMSで苦しんでおられる方々にとって多少なりとも助けとなることを念願している。
2020(令和2)年9月吉日
武谷雄二
序文にかえて
生殖年齢にある多くの女性が、月経の前に、“イライラ、攻撃的、抑うつ、不安、涙もろい、眠気、集中力の低下、過食、倦怠感など” の症状を訴え、仕事、家事、学業などの日常の生活に支障をきたす状態を「月経前症候群(premenstrual syndrome;PMS)」という。
PMSは生理痛と比較し、これまであまり知られてこなかったが、その理由は、
(1)PMSの症状があまりにも多様である
(2)症状が出る時期は限定されているが、その時期に気づきにくい
(3)軽度のものを含めると、大多数の女性がPMS様の症状を経験しており、生理的な現象とオーバーラップするものもあり、異常な状態(疾患)として本人も周囲も認識しがたい
などが挙げられる。
月経前の不快な症状が日常の生活に支障がない程度であれば、生理現象と捉えられるだろう。しかし現実には、PMSとの区別は困難であり、両者には明らかな境界はない。PMSという診断が付けば疾患として扱われるが、その判断は、本人の苦悩の度合や生活の質(QOL)、治療の希望の有無などの訴えによって決定される。つまり、当人でしか知り得ない内容によって決まるわけである。そのため、「病気の診断は、客観的な所見に基づいて科学的に下されるべきである」という近代医学の潮流から取り残されてきたといえる。
これほど多くの女性が悩んでいるPMSの存在が知られるようになったのは、20世紀半ばであるという事実は驚きである。現在でもPMSの研究は途上にあり、その全貌には辿りついていない。そのため、PMSの診療にかかわる現場の医師は、自身の経験に基づいた治療を個別的に手探りで行わざるをえないというのが実情である。一方、PMSで悩んでいる女性の多くは、“治療の対象となる状態である”ということに気づいていない。また治療を希望しても、多様な症状が既存の診療科で扱う疾患の枠組みに合致せず、どの診療科を受診すればよいのかもわからないのが現状である。
では現代のPMSが、なぜことさら問題となってきたのだろうか。その理由の一つは、働く女性が増加してきたことである。家庭内で仕事をしている限りは、自分のペースで仕事ができるため、ある程度PMSと折り合いをつけることができた。しかし女性の社会進出に伴い、多くの女性は職場のルールに従い受け身的に仕事をせざるを得ず、それがPMSを顕症化させ、より耐え難いものに向かわせた。さらに仕事と家事・育児・介護などの多重負担によるストレスがPMSを増悪させ、その結果、職場でのストレスが一層高まるという悪循環を形成することになってしまったのだ。加えて、男女が性差を考慮することなく、機械的な平等論に則って仕事を割り振られるようになり、PMSで苦しんでいる女性に対する不寛容を醸成してきたといえるだろう。
当然のことながら、月経がなくなればPMSを経験することはない。戦後間もないころまでは、生殖年齢にある多くの女性は、度重なる妊娠や授乳により月経が中断しており、PMSから解放されていた。だが近年は、未婚率の上昇、出産年齢の高齢化、少子化などに伴い、女性が生涯に経験する月経回数が著しく増してきたため、当然PMSで悩むトータルの期間が増えてきている。このようにPMSの発症要因は、現代社会を生きる女性のライフスタイルに根ざしており、知られざる現代病といってよいであろう。
月経と関連があるということで、PMSを話題にすることさえ憚られる風潮がいまだに残っている。しかし、これだけ多くの女性がPMSで悩んでいるという事実、そしてPMSがもたらす社会的な影響に鑑み、もはや正体がよくわからない状態(疾患)といって、見過ごすことはできなくなっている。本人の苦悩もさることながら、社会における女性の貢献が期待されている現在、PMSによる社会損失ははかりしれない。さらに、家庭においては夫婦関係、親子関係にも深刻な影響を及ぼすこともあろう。また、本人の苦しみもさることながら、職場や家庭での人間関係を損なうことで周囲を巻き込むことにもなりかねない。
長年にわたり産婦人科診療に携わってきた筆者は、PMSで悩んでいる女性の深刻さを目の当たりにしてきた。昨今、就労女性の多くにみられるようになった“燃え尽き症候群”や“うつ病”などが社会問題化しているが、PMSがしばしばその予兆となっている。しかし、その症状に対して医療機関を受診する女性は氷山の一角であり、多くの女性は何が起こっているのか理解できず、途方に暮れているのかもしれない。
診療の現場では、PMSで悩む女性を個別的に丁寧に治療することは重要である。しかしながら、PMSで苦しんでいる女性を取り囲む多くの方々(家族、職場、社会)が、PMSを正しく理解し、PMSで悩む女性の苦悩を共感・受容し、彼女たちの生きやすい環境を作り出してあげることのほうが、有意義と考える。家庭においてはパートナーの理解・支援が欠かせない。これらによって、本人のみならずその周囲にとっても、PMSにまつわるトラブルを最小限にとどめることが可能となるものと確信する。
以上に述べたように、多くの方々がPMSに関する理解を深めていただくことが、PMSで悩む女性の救済につながるという期待を込めて本書の起筆を思い立った。最近、PMSを扱った研究が精力的に行われつつあり、ようやくPMSの実相に迫ることが可能となってきている。本書はPMSの歴史、生物学・医学的側面および社会的な問題点などを包括的に取り上げた。
女性の医療に従事する方、産業医、実際にPMSで悩んでいる女性などはもちろんのこと、性別、職業などを問わず多くの方々にPMSなるものを知っていただくことを切に願い、専門的な事項を網羅しつつ、一方では、専門外の方々にもご理解いただけるような記述を心がけた次第である。また本書がPMSに関する世間の関心、理解、支援を高めることで、PMSで苦しんでおられる方々にとって多少なりとも助けとなることを念願している。
2020(令和2)年9月吉日
武谷雄二
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目次
第1章 月経前症候群(PMS)とは? 月経前不快気分障害(PMDD)とは?
月経前症候群(PMS)とは
PMSの症状とは
PMSの症状がみられる時期は限られている
PMSの症状はなぜ多彩なのか
PMSの診断はどのようになされるのか
PMDDの診断はどのようになされるのか
PMDDの診断を行う意義はここにある
PMS/PMDDのリスク因子は多い
PMDDとアルコール・薬物は悪循環する
PMSとPMDDは区別できるのか
PMS/PMDDと鑑別すべき疾患とは
PMS/PMDD:スタンスの異なる産婦人科と精神科
第2章 PMS/PMDDの真相に迫る
ホルモンはPMS/PMDDにいかにかかわるか
PMS/PMDDと神経伝達物質
PMS/PMDDとセロトニン
PMS/PMDDの疼痛とオピオイド
PMS/PMDDはなぜ一部の女性でのみ、みられるのか
PMS/PMDDには遺伝が関与するのか
ストレスはPMS/PMDDを発症させるのか
PTSDはPMS/PMDDと密接に関係している
ストレスホルモンはPMS/PMDDに関連するのか
自律神経系の乱れはPMS/PMDDに伴っている
第3章 PMS/PMDDは現代女性の生活環境と関係する
PMS/PMDDは現代病
PMS/PMDDにみられる特徴的性格
PMS/PMDDによる若年女性の心の悩み
第4章 PMS/PMDDはさまざまな病気を伴う
女性と摂食行動―ホルモンの関与
PMS/PMDDと過食
PMSと肥満
PMS/PMDDと高血圧
PMS/PMDDとうつ病
PMS/PMDDと自殺念慮・自殺企図
PMS/PMDDと自殺予防
PMS/PMDDと妊娠
PMS/PMDDと産後うつ病
更年期障害とPMS/PMDD
第5章 PMS/PMDDの概念の変遷
ヒステリーという診断名がPMS/PMDDの存在を覆い隠した
歴史のなかでのPMSの登場
疾患概念としてのPMS/PMDDの確立
PMS/PMDDの病因と治療に関する考え方の変遷
第6章 現代人はPMS/PMDDといかに付き合うか
PMS/PMDDと現代社会―民族・国家間の比較―
PMS/PMDDはなぜ先進国に多いのか
働く女性とPMS/PMDD
PMS/PMDDで悩んでいる就労女性への支援
PMS/PMDDで悩む女性が気を付けたいこと
Column PMS/PMDDがない男性はストレスをどう表現するのか
PMS/PMDDへのフェミニストの視点
PMS/PMDDの正しい認識を
PMS/PMDDへの産婦人科医の役割
第7章 PMS/PMDDの対処法および医学的治療
日常生活による生活改善策
運動とPMS/PMDD
食事・栄養による対処法
薬物療法
補助的な薬物療法
精神療法
手術療法
現代女性に脈々と引き継がれているPMS/PMDD【その生物学的意義】 −まとめとして−
月経前症候群(PMS)とは
PMSの症状とは
PMSの症状がみられる時期は限られている
PMSの症状はなぜ多彩なのか
PMSの診断はどのようになされるのか
PMDDの診断はどのようになされるのか
PMDDの診断を行う意義はここにある
PMS/PMDDのリスク因子は多い
PMDDとアルコール・薬物は悪循環する
PMSとPMDDは区別できるのか
PMS/PMDDと鑑別すべき疾患とは
PMS/PMDD:スタンスの異なる産婦人科と精神科
第2章 PMS/PMDDの真相に迫る
ホルモンはPMS/PMDDにいかにかかわるか
PMS/PMDDと神経伝達物質
PMS/PMDDとセロトニン
PMS/PMDDの疼痛とオピオイド
PMS/PMDDはなぜ一部の女性でのみ、みられるのか
PMS/PMDDには遺伝が関与するのか
ストレスはPMS/PMDDを発症させるのか
PTSDはPMS/PMDDと密接に関係している
ストレスホルモンはPMS/PMDDに関連するのか
自律神経系の乱れはPMS/PMDDに伴っている
第3章 PMS/PMDDは現代女性の生活環境と関係する
PMS/PMDDは現代病
PMS/PMDDにみられる特徴的性格
PMS/PMDDによる若年女性の心の悩み
第4章 PMS/PMDDはさまざまな病気を伴う
女性と摂食行動―ホルモンの関与
PMS/PMDDと過食
PMSと肥満
PMS/PMDDと高血圧
PMS/PMDDとうつ病
PMS/PMDDと自殺念慮・自殺企図
PMS/PMDDと自殺予防
PMS/PMDDと妊娠
PMS/PMDDと産後うつ病
更年期障害とPMS/PMDD
第5章 PMS/PMDDの概念の変遷
ヒステリーという診断名がPMS/PMDDの存在を覆い隠した
歴史のなかでのPMSの登場
疾患概念としてのPMS/PMDDの確立
PMS/PMDDの病因と治療に関する考え方の変遷
第6章 現代人はPMS/PMDDといかに付き合うか
PMS/PMDDと現代社会―民族・国家間の比較―
PMS/PMDDはなぜ先進国に多いのか
働く女性とPMS/PMDD
PMS/PMDDで悩んでいる就労女性への支援
PMS/PMDDで悩む女性が気を付けたいこと
Column PMS/PMDDがない男性はストレスをどう表現するのか
PMS/PMDDへのフェミニストの視点
PMS/PMDDの正しい認識を
PMS/PMDDへの産婦人科医の役割
第7章 PMS/PMDDの対処法および医学的治療
日常生活による生活改善策
運動とPMS/PMDD
食事・栄養による対処法
薬物療法
補助的な薬物療法
精神療法
手術療法
現代女性に脈々と引き継がれているPMS/PMDD【その生物学的意義】 −まとめとして−
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第一人者がひもとくPMS(月経前症候群)!
PMS(月経前症候群)/ PMDD(月経前不快気分障害)の根本的な原因を理解するための必須知識を,若年層を診療する産婦人科医に向けて解説。難解な内分泌・ホルモンなどの用語には図解や用語解説を巻頭につけ,わかりやすく読み物として理解できる。
第一人者により,婦人科医ならではの視点にて書かれた一歩進んだ“産婦人科読本”。