腫瘍循環器診療ハンドブック

腫瘍循環器診療ハンドブック

■監修 小室 一成

■編集 日本腫瘍循環器学会編集委員会

定価 5,720円(税込) (本体5,200円+税)
  • B5判  248ページ  2色(一部カラー),イラスト20点,写真30点
  • 2020年12月14日刊行
  • ISBN978-4-7583-1966-9

がん患者の心血管死を防ぐために,最新の知識を網羅し,診療のスタンダードを解説!

近年,がん薬物療法の進歩に伴い,がん患者の予後が改善する一方,治療の副作用としての心疾患の合併が多様化かつ急増し,その心血管死が大きな問題となっている。がん患者の心血管死を防ぐためには,心血管毒性合併を念頭においたがん診療,多種のがん治療薬とその副作用を理解したうえでの心疾患診療,そして診療科の枠を越えた協力体制が必要であるが,「腫瘍循環器学」(Onco-Cardiology)は端緒についたばかりで,基礎・実践の知識を体系的に学ぶことのできる機会が少ないのが現状である。
本書は,こうした現状を改善すべく日本腫瘍循環器学会が編集した医療従事者向けテキストであり,がん診療医・循環器医・プライマリケア医・メディカルスタッフ等を読者対象として,がん治療の心血管毒性とその対応に関する最新の知識や,学会の方針に基づくわが国の腫瘍循環器診療のスタンダードな方法とポイントを解説する。


序文



 がん治療の進歩によりがん患者の予後が向上し,がん患者やがんサバイバーで循環器疾患を発症する人が急増したことから,近年,世界的に「腫瘍循環器学」が注目されている。
 がんと循環器疾患の主な接点は2つである。
 1つは,薬物療法や放射線療法などによるがん治療に伴う心血管障害である。ほとんどすべての抗がん剤が高血圧,不整脈,心不全,弁膜症,虚血性心疾患など種々の循環器疾患を引き起こす可能性がある。とりわけアドリアマイシン心筋症とよばれるアントラサイクリン系薬剤による心不全は有名であり,治療中ばかりでなく,ときにはがんは克服したものの10年以上たってから重症な心不全を発症することがある。アドリアマイシン心筋症は予後が大変不良であり,心移植が必要となることも多い。アドリアマイシンほど強くないものの,ほとんどの抗がん剤には心毒性がある。乳がんなどによく用いられるトラスツズマブや大腸がんなど多くのがんの治療に用いられているベバシズマブは,単独では強い心機能障害をもたらさないことも多いが,高血圧などの合併症や心筋梗塞の既往などのある人やアドリアマイシンとの併用では高率に心不全を発症する。高齢者は皆,心不全予備軍ともいえるため,その抗がん剤治療は十分な注意が必要である。
 もう1つのがんと循環器疾患の重要な接点は血栓である。高齢者が血栓塞栓症を発症したらがんを疑えというくらい,がん患者が血栓塞栓症を発症することは昔からよく知られているが,治療によってさらに血栓塞栓症が促進されることもある。また,がん患者は易出血性でもあるため,がん患者の血栓塞栓症に対する抗凝固療法は容易ではない。外来治療を受けているがん患者の死因の第2位,約10%は血栓塞栓症であるというデータもある。
 近年世界的に注目されている腫瘍循環器学であるが,何分歴史が浅いため,十分なエビデンスがなくガイドラインも乏しいのが現状である。現在日本腫瘍循環器学会では,日本臨床腫瘍学会などと連携してガイドラインを作成中であるが,実際診療に当たっている方たちに一刻も早く診療のガイドになるものを届けたいと考えて制作したのが本書である。腫瘍循環器学の目指すべきゴールは,がん患者が循環器疾患を発症することなく十分ながん治療を受けられるようにすることであり,また治療を受けた後に循環器疾患で命を落とすことがないようにすることである。本書は日常診療に役立てていただくことを第1に考え,読みやすく実践的なものにした。日本腫瘍循環器学会の主なメンバーが執筆した本書が,がん患者の診療に少しでも役立つことを,監修した者として心から祈っている。

2020年10月
日本腫瘍循環器学会理事長
東京大学大学院医学系研究科循環器内科学教授
小室 一成

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刊行に寄せて

 日本人の死因の分析では,2018年の第1位は悪性新生物(27%),第2位は心疾患(15%),第4位は脳血管疾患(8%)であり,循環器疾患である心臓病と脳血管疾患は悪性新生物に匹敵する。循環器疾患も悪性新生物も高齢者に多く,したがって両疾患の合併も多くみられる。さらに近年,がん治療の進歩は目を見張るものがあり,長期生存が可能になってきた。そのため,循環器疾患合併の頻度が高まり,両疾患の管理がより重要になってきている。
 まず,がん薬物療法による心毒性が挙げられる。古くからアントラサイクリン系薬剤のアドリアマイシンによる心筋症が知られていたが,最近では分子標的薬,免疫チェックポイント阻害薬を含めたがん薬物療法が心血管系に異常をきたすことが明らかになってきた。特に心機能の低下による心不全,不整脈,凝固異常,冠動脈疾患の発症である。そのため,“Cardio-Oncology”あるいは“Onco-Cardiology”という新しい学問領域に発展した。そして,2012~2017年に欧州臨床腫瘍学会(ESMO),欧州心臓病学会(ESC),米国臨床腫瘍学会(ASCO)において相次いでガイドラインなどが発表された。わが国でも小室一成 先生が理事長となり,日本腫瘍循環器学会が発足し,2018年11月5日に第1回学術集会が開催された。そして,2020年9月11日,12日には第3回学術集会が開催された。
 そもそも筆者がOnco-Cardiologyに興味をもったのは,冠動脈インターベンションを行う患者に多くのがん患者がいたことである。消化器外科でがん手術の予定患者が術前検査で冠動脈病変がみつかり,冠動脈インターベンションを行うと抗血小板薬の2剤併用が必要となるため,手術のタイミングをどうするか,外科とディスカッションを行ったものである。2007年頃のことである。その当時は現在のような第二世代の薬剤溶出性ステントがなかったため,手術を急ぐ症例はベアメタルステントで抗血小板薬の投与期間を短くして手術に臨み,手術を少し待てる症例は薬剤溶出性ステントを使用して十分な抗血小板薬2剤併用を行った後に手術を行った。また逆に,冠動脈インターベンションを行う症例は便潜血や病歴から必要と思われる症例は積極的に内視鏡検査を行うことにより,抗血小板薬の2剤併用が適切に施行できるようになり,冠動脈インターベンションの予後がよくなった。もう1点,2000年代に入って新しいがん薬物療法の治験が行われていたが,まれに治療後に急性心筋梗塞を発症する症例を経験し,がん薬物療法と冠動脈血栓の関連,その基にはがん薬物療法による内皮機能障害があると考えるようになった。実際,1987~1995年にかけて5-FUと冠攣縮の関係も報告されていた。さらに,がん患者の血液凝固亢進によるTrousseau症候群もあった。
 筆者が最も強調したいのは,Onco-Cardiologyの病態を突き詰めていくことにより,循環器分野にとっても悪性腫瘍研究から新しい治療の突破口が開かれるような気がしてならないということである。

2020年10月
国立循環器病研究センター理事長
小川久雄

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刊行に寄せて

 早期診断技術や治療法の革新的な進歩により,がんの5年相対生存率(5生率)も年々改善している。最近のがん統計(2009~2011年にがんと診断された症例に基づくデータ)では全部位の平均5生率は64.1%(男性 62.0%,女性 66.9%)となっている。一方で,日本社会の超高齢化によりがんの死亡者数は年々増加しており,2017年の全国がん登録データでも年間約98万人が新たにがんに罹り,約38万人ががんで亡くなっている。がん患者の高齢化も進み,老化に伴う高血圧や糖尿病,腎疾患,心房細動などの不整脈や心不全のような心疾患の併発を常態化する。
 2000年以降の分子標的薬開発の加速とゲノム解析技術の革新的な進歩は,がんのゲノム変異に基づいた患者層別化(がんゲノム医療)により,個々のがん患者に最適な治療法を選択し提供する「プレシジョン・メディシン」(精密医療)を可能とした。分子標的薬の導入は,従来の殺細胞性のがん薬物療法に比較して,副作用の軽減化をもたらした。外科治療や放射線治療においても低侵襲化や正常組織への影響の低減化が進んでいる。これらの新たながん治療法の開発は,がんの生存率や生存期間の大幅な改善をもたらし,がんサバイバーシップの充実にも大きく貢献している。しかしながら,開発が進む分子標的薬においても副作用の問題は依然として存在し,副作用の種類も従来の殺細胞治療薬に比較して同程度との評価もある。代表的なものとしては,心筋障害や不整脈などの心機能障害,難治性の神経障害,皮膚症状などが挙げられる。さらには,がん悪液質による心筋重量の低下(左室駆出率低下)がもたらす心機能低下や不整脈,抗がん剤によるQT延長や心房細動の誘発など,さまざまな循環器系の機能障害を合併する症例の増加を惹き起こしている。がんがもたらす循環器系の障害としては,他にも深部静脈血栓症などが挙げられる。最近では,抗がん剤による晩期性心筋炎に加え,新たな治療薬として免疫チェックポイント阻害薬による劇症型心筋炎の報告もある。新しいコンセプトによる抗がん剤開発がもたらす新たな循環器疾患の発生にも注意が必要である。
 本書『腫瘍循環器診療ハンドブック』の刊行が,腫瘍学と循環器病学にかかわる医療者同士のさらなる協働により,がん患者へのよりよい治療法の提供とサバイバーシップの充実に寄与することを期待する。

2020年10月
国立がん研究センター理事長
中釜 斉
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目次

■基礎編
1 章 「腫瘍循環器学」時代のがん診療・管理とは
 1 いま,なぜ腫瘍循環器なのか-腫瘍専門医の立場から  畠 清彦
 2 いま,なぜ腫瘍循環器なのか-循環器専門医の立場から  佐瀬一洋
2 章 がん治療による心血管合併症の基礎知識(病態生理と疫学)
 1 心機能障害/心不全
  ①がん治療関連心機能障害(CTRCD)とは  大谷規彰・筒井裕之
  ②アントラサイクリン系薬剤  赤澤 宏
  ③抗HER2療法  能勢 拓・南 博信
  ④血管新生阻害薬  加瀬真弓・南野 徹
  ⑤プロテアソーム阻害薬  南野哲男
  ⑥その他(アルキル化薬,微小管阻害薬,代謝拮抗薬など)  岩佐健史
 2 虚血性心疾患  末田大輔・辻田賢一
 3 心筋炎  田尻和子
 4 高血圧症  長谷部智美・長谷部直幸
 5 不整脈  庄司正昭
 6 末梢動脈疾患(動脈硬化性疾患)  室原豊明
 7 肺高血圧症  赤木 達・伊藤 浩
 8 放射線療法による心血管合併症  藤田雅史
3 章 がん種に関連する心血管合併症の基礎知識(病態生理と疫学)
 1 がん関連血栓症(CAT)  窓岩清治
 2 肺腫瘍血栓性微小血管症(PTTM)  波多野 将
 3 がん性心タンポナーデ  北原康行
 4 心臓腫瘍  佐藤和奏・渡邊博之

■実践編
4 章 がん診療で求められるCTRCD のマネジメント
 1 心血管合併症のリスク評価  石岡千加史
 2 循環器専門医へのコンサルトのタイミング  照井康仁
 3 がん治療薬の減量・休薬・中止の判断  中村文美・三谷絹子
 4 がん治療関連心機能障害(CTRCD)の診療アルゴリズム  泉 知里
 5 免疫チェックポイント阻害薬による心筋症の診療アルゴリズム  森山祥平・赤司浩一
 6 がん関連静脈血栓塞栓症の診療アルゴリズム  志賀太郎
5 章 心血管合併症への注意事項(がん種別)
 1 白血病  原田陽平・木村晋也
 2 悪性リンパ腫  郡司匡弘・矢野真吾
 3 多発性骨髄腫  大浦雅博・安倍正博
 4 乳がん  中村有輝・川口展子・戸井雅和
 5 上部消化管がん  平野康介・山下裕玄・瀬戸泰之
 6 下部消化管がん  池田正孝
 7 肝胆膵がん  新里悠輔・関根郁夫
 8 肺がん  加藤了資・中川和彦
 9 脳腫瘍  木下 学
 10 甲状腺がん・頭頸部がん  田原 信
 11 泌尿器系がん  宮川仁平・久米春喜
 12 婦人科がん  森 繭代・大須賀 穣
 13 希少がん・肉腫  高橋俊二
6 章 循環器診療で求められるCTRCD のマネジメント
 1 がん治療関連心機能障害(CTRCD)の予防と治療  樋口理絵・坂田泰史
 2 免疫チェックポイント阻害薬による心筋炎の治療  田村雄一
 3 がん患者における降圧治療  徳重明央・大石 充
 4 がん関連静脈血栓塞栓症の抗凝固療法  菅原政貴・保田知生
7 章 循環器系検査でわかること
 1 心電図  池田隆徳
 2 心エコー図  根岸朋子・根岸一明
 3 心筋バイオマーカー  中川 仁・斎藤能彦
 4 画像診断(心臓MRI,心臓核医学,心臓CT)  喜古崇豊・竹石恭知
 5 心筋生検  雨宮 妃・植田初江
 6 下肢静脈エコー  中村真潮
 7 凝固線溶系バイオマーカー  家子正裕
 8 血管機能検査  沢見康輔・田中敦史・野出孝一
8 章 腫瘍循環器診療における連携のコツと工夫
 1 腫瘍循環器診療における連携のコツ  一色高明・片桐真矢
 2 多職種連携  大倉裕二・吉野真樹
 3 腫瘍循環器外来の取り組み  岡  亨
 4 診療科連携  石田純一
 5 腫瘍循環器リハビリテーション(CORE)  木田圭亮・明石嘉浩
 6 小児の移行期医療における連携  清谷知賀子
 7 AYA世代の診療における連携  鈴木優里・清水千佳子
 8 高齢者における連携  石井正紀・秋下雅弘
 9 妊娠・産褥期における連携  神谷千津子
 10 終末期医療における連携  木原康樹

■付録
 1 有害事象共通用語規準(CTCAE)における心血管合併症一覧  山村貴洋・小松嘉人
 2 がん治療薬による心血管合併症一覧  森本竜太
 3 心電図の正常値と典型的な不整脈  八木直治・山下武志
 4 心エコー図検査の正常値  中山貴文・瀬尾由広
 5 冠動脈造影のAHA分類  福本義弘
 6 Swan-Ganzカテーテル検査  井澤英夫
 7 抗腫瘍薬と循環器治療薬の相互作用一覧  和田恭一
 8 腫瘍循環器領域の主な情報の入手先(学会,ガイドライン,HPなど)  向井幹夫
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