米国緩和ケア専門医が教える
あなたのACPは
なぜうまくいかないのか?
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定価 2,970円(税込) (本体2,700円+税)
- A5判 240ページ 2色
- 2024年9月2日刊行
- ISBN978-4-7583-2242-3
電子版
序文
Prologueはじめに
ニューヨークのコロンビア大学で緩和ケアの指導医をしている中川俊一と申します。
日本では緩和ケアと聞くと,がん患者さんに治療がこれ以上できなくなったときに初めて出てくる医者,というイメージがあるんじゃないか,と思います。もちろん,違っていたら嬉しいのですが。
少なくとも昔の私はそのように考えていました。
少し私の自己紹介をします。
私は1997年に医学部を卒業して耳鼻咽喉科の研修を始め,一般外科に移って研修を終えて,2005年に渡米しました。日本では件数が少ない肝臓移植の手術のトレーニングを受けるのが主な目的でした。当時の私はとにかく目の前の患者を治すこと,治せるかどうか,に集中しており,そのための勉強は一生懸命したのですが,白状しますと,治せない患者にはあまり注意が向いていませんでした。緩和ケアというのはあまり聞いたことがなく,どちらかというと,いわゆる「敗戦処理」的な役割だと理解していました。
手術の修練を目的に意気揚々と渡米したものの,健康上の理由でそれが叶わなくなり,いろいろと悩んだ末に内科へ方向転換して,米国で一般内科の研修を始めました。
当時の私は患者や家族と話すのがとにかく苦痛でした。自分の英語が稚拙だということももちろんありましたが,病状が悪くなる患者やその家族に「どうして治らないんだ?」「何か方法はないのか?」と詰め寄られたときに,何をどう答えていいかまったくわかりませんでした。自分が話せば話すほど相手はどんどん機嫌が悪くなって,こちらが答えられない質問をしてきます。途方にくれ,自然とそういう場面を避けるようになっていました。
転機が訪れたのは一般内科の研修を終えて,老年内科の研修をしているときでした。当時は将来的には日本に帰ることを考えていたので,日本でより役に立ちそうな専門として老年内科を選択しました。運良く,ニューヨークのマウントサイナイ医科大学という,その分野ではトップクラスの施設でポジションを得ることができ,研修を開始しました。その老年内科の研修の一環として緩和ケアをローテートする機会があったのですが,それが目から鱗でした。自分がかつて直面し途方にくれた場面で,自分の付いた指導医は,その絡まった糸を鮮やかに解きほぐし,患者や家族をその場面で最も適当と思われる方向へ導いていきます。とにかく衝撃的でした。その姿はものすごくかっこよくて,外科医だったときの自分が,手術を軽やかにこなす教授に抱いていたのと同じ憧れをを抱いたのを覚えています。さらに,勉強を重ねるにつれて,自分が緩和ケアに対してもっていた考えが誤っていたこと,そして日本と米国での緩和ケアの違いもわかってきました。
まず,米国では緩和ケアの対象は悪性疾患に限りません。対象は「重篤な病気」と定義され,これにはがん以外のいろいろな疾患が含まれます。心不全や腎不全に代表される臓器不全,脳梗塞やALSなどの神経疾患,認知症,あるいは術後合併症が重なりICUで延命治療に依存した状態からなかなか改善しない場合(専門的にはこれをChronic Critical Illnessといいます)など,とにかくいろいろな状況で我々緩和ケアチームにコンサルトがきます。日本では,最近は少しずつ変わってきてはいますが,いまだにがん患者が対象の大部分を占めていると思います。
そして,これが最も大きな違いですが,米国の(特に大学病院などのアカデミックな施設の)急性期病院では,緩和ケア医は,がんが進行してこれ以上化学療法ができない状況になってから初めて出てくるのではなくて,病状のもっともっと早期から介入しています。化学療法をアクティブにやっているときにその症状のコントロールを助けるのはもちろんですが,それ以外でも,これ以上化学療法を続けるほうがいいのかどうか? あるいは非がん疾患で,例えば心不全の患者では心移植ができなくなったときに今後どうするか? コロナ肺炎で多臓器不全になりICUで数週間ドロドロになっている症例でどうするか? もっと極端な例では,高齢でハイリスクな患者にそもそも開心で弁置換術をするのかしないのか? といういわゆる意思決定支援に深くコミットします。状況が悪いとき,治療方針の決定が難しいときに,主治医チームが説明をしても話がうまくまとまらなければ,コミュニケーションを助けてほしいと依頼がきます。つまり,米国の緩和ケア医は特に判断が難しい場合の「コミュニケーションのプロ」として認識されている,ということを意味します。
コロンビア大学はニューヨークのマンハッタンにある740床の大学病院です。私が赴任する2013年以前は,緩和ケア科は医師が1人,ナース・プラクティショナー(NP)が1人,ソーシャルワーカー(SW)が1人,チャプレインが1人,という非常にこじんまりした部門でした。この規模の施設で緩和ケアチームがこれだけ,というのはほとんどジョークです。しかもたちの悪い。おそらく病院の上層部がその重要性を理解していなかったせいだと思います。しかし,そこから病院のサポートが拡大し,その一環で作られたポジションに私が収まり,ゆっくりとですが着実に広がりをみせ,現在は医師が9人,NPが7人,SWが7人,フェローが5人,チャプレインが2人というそれなりの部門に成長しました。
個人的にはこの10年間は本当に頑張って働きました。米国のアカデミックな施設での緩和ケア医は,勤務時間の半分を臨床,半分を研究や教育に充てるのが普通なのですが,私の場合は,特に最初は人が少なかったというやむを得ない理由のせいもあって,フルタイムで臨床,隙間時間で研究と教育という形になりました。当時,コロンビア大学は米国の各部門でトップクラスであるにもかかわらず,施設全体に緩和ケアがまだ行き届いていないという,いってみればある意味非常に特殊な環境でした。一般的にいって,治療技術が優れていて今まで治らなかったものが治るようになるほど,(皮肉なことですが),逆に治療がうまくいかないときの意思決定は難しくなります。コロンビア大学のような大学病院には,周りの病院ではどうしようもなくて,最後の希望を抱いた患者とその家族がたくさん集まってきます。治療がうまく行けば素晴らしいですが,それと同じくらいうまく行かないことは当然あるわけで,そういう場合の意思決定のプロセスは必然的にことさらに難しくなるのです。この特殊な環境のおかげで,それこそ「浴びるように」難しいコミュニケーションのコンサルトに曝露されることになりました。これは,今振り返ると自分にとって非常にラッキーなことだったと思います。自分の肌感覚では,ほかの施設であれば15~20年かけないと得られない経験を積めたと考えています。例を挙げると,補助人工心臓の埋め込み手術(日本で最近保険診療が始まりました)の前に緩和ケアコンサルトをするプログラムを立ち上げ1),術前のアドバンスケアプラニングの会話を,自ら400例以上やってきました。また,2020年3月から4月にかけて,コロナのパンデミックでNYCが大変な状態になっていたときは,ERに押し寄せる患者に無益な延命治療をしないように,急遽ER専属の緩和ケアコミュニケーションチームを結成し,そのチームを率いて2週間で110人の患者家族と意思決定支援の会話をして,無益だと思われる延命治療の希望を83%から18%まで減少させた,という成果も出しました2)。
一つ一つの症例に悩みながら取り組み自省を繰り返してきたので,自分のコミュニケーションスキルがほかの医師と比べてどれくらい上手か(下手か)はわかりませんが,自分ほどコミュニケーションについて考えている医師はそんなにいないんじゃないかと自負しています。
臨床と同時に,学生や研修医への指導にも力を入れました。自分はいわゆる純ジャパで,英語の発音も日本語なまりが抜けませんし,あまり洒落た言い回しもできません。母国語ではない言語で重い話をするにあたり,一つ一つのフレーズの言い回しにことさら注意を払いました。そして,どうして○○ではなくて××と言ったほうがいいのか,どうしてそこでは何も言わないほうがいいのか,といったことについて,自分なりの考えをもつようになりました。それを学生や研修医に教えるときには,どうやって教えるのが一番わかりやすいのか,相手に納得してもらえるのかにも,ものすごく神経を使っています。指導のスキルはベッドサイトや,コミュニケーションスキルの研修会(米国ではVitalTalk3),日本ではかんわとーく4))を通して日々練習しています。
そういった臨床,教育,およびそれを論文化した功績を認められて,2019年にはコロンビア大学の優れた教育者としてVirginia Apgar Academy of Medical Educators,2024年にはコロンビア大学の優れた臨床医としてAcademy of Clinical Excellenceへの入会を認められました。さらには同年にコロンビア大学病院のナースによる選考で,その年の最も優れた医師に与えられるPhysician of the Yearにおよそ1,800人の医師のなかから選ばれました。
米国と日本で指導をしていてしみじみと感じるのは,コミュニケーションに関する教育が非常に遅れているということです。米国は日本よりはまだマシですが,それでも全然足りません。日本では,日本緩和医療学会が主導しているプログラムはあるものの,特に医学部や初期研修での教育という点でいうと,ほとんど存在していないのではないでしょうか? これは本当に問題だと思っています。医師であれば,医学部や初期研修において全身の疾患や治療をまんべんなく,ものすごい時間とエネルギーを使って一生懸命勉強しますが,いったん自分の専門が決まってしまうと,その専門科以外の知識は結局あまり使わなくなるのが普通です。しかし,医療者として仕事をして患者や家族と話をするのであれば,相手に何か悪い知らせを伝えることを避けるのは,どの専門科を選んだとしても不可能です。それなのに,コミュニケーションの教育や指導に割かれている時間は驚くほど少ないか,ほとんどありません。医師は各自が自分の感覚で,見様見真似でやっており,ぶっちゃけていうと(もちろん上手な医療者もたくさんいますが)基本的に「医師は口の利き方を知らない」といっていいと思います。
この本では,私の経験をもとに,人生会議を中心に,コミュニケーションについて考えていることをシェアしたいと思います。私が所属しているかんわとーくのグループで「新訂版 緊急ACP悪い知らせの伝え方,大切なことの決め方」(医学書院)という書籍を2022年に出版しました。そこでは基本的なコミュニケーションスキル(SPIKES,NURSE,REMAP)について解説しましたが,この本ではもう少し深く踏み込んで,私がコミュニケーションに関して気をつけていることを説明してみたいと思います。
2024年7月
中川俊一
コロンビア大学内科准教授,成人緩和ケア部門ディレクター
文献
1) Nakagawa S, etal. J Palliat Med 2017; 20: 977—83. PMID: 28504892
2) Lee J, et al. JAMA Intern Med2 020; 180: 1252—54. PMID: 32501486
3) Vital Talk Webサイト.https://www.vitaltalk.org/
4) かんわとーくWebサイト.https://kanwatalk.jp/
ニューヨークのコロンビア大学で緩和ケアの指導医をしている中川俊一と申します。
日本では緩和ケアと聞くと,がん患者さんに治療がこれ以上できなくなったときに初めて出てくる医者,というイメージがあるんじゃないか,と思います。もちろん,違っていたら嬉しいのですが。
少なくとも昔の私はそのように考えていました。
少し私の自己紹介をします。
私は1997年に医学部を卒業して耳鼻咽喉科の研修を始め,一般外科に移って研修を終えて,2005年に渡米しました。日本では件数が少ない肝臓移植の手術のトレーニングを受けるのが主な目的でした。当時の私はとにかく目の前の患者を治すこと,治せるかどうか,に集中しており,そのための勉強は一生懸命したのですが,白状しますと,治せない患者にはあまり注意が向いていませんでした。緩和ケアというのはあまり聞いたことがなく,どちらかというと,いわゆる「敗戦処理」的な役割だと理解していました。
手術の修練を目的に意気揚々と渡米したものの,健康上の理由でそれが叶わなくなり,いろいろと悩んだ末に内科へ方向転換して,米国で一般内科の研修を始めました。
当時の私は患者や家族と話すのがとにかく苦痛でした。自分の英語が稚拙だということももちろんありましたが,病状が悪くなる患者やその家族に「どうして治らないんだ?」「何か方法はないのか?」と詰め寄られたときに,何をどう答えていいかまったくわかりませんでした。自分が話せば話すほど相手はどんどん機嫌が悪くなって,こちらが答えられない質問をしてきます。途方にくれ,自然とそういう場面を避けるようになっていました。
転機が訪れたのは一般内科の研修を終えて,老年内科の研修をしているときでした。当時は将来的には日本に帰ることを考えていたので,日本でより役に立ちそうな専門として老年内科を選択しました。運良く,ニューヨークのマウントサイナイ医科大学という,その分野ではトップクラスの施設でポジションを得ることができ,研修を開始しました。その老年内科の研修の一環として緩和ケアをローテートする機会があったのですが,それが目から鱗でした。自分がかつて直面し途方にくれた場面で,自分の付いた指導医は,その絡まった糸を鮮やかに解きほぐし,患者や家族をその場面で最も適当と思われる方向へ導いていきます。とにかく衝撃的でした。その姿はものすごくかっこよくて,外科医だったときの自分が,手術を軽やかにこなす教授に抱いていたのと同じ憧れをを抱いたのを覚えています。さらに,勉強を重ねるにつれて,自分が緩和ケアに対してもっていた考えが誤っていたこと,そして日本と米国での緩和ケアの違いもわかってきました。
まず,米国では緩和ケアの対象は悪性疾患に限りません。対象は「重篤な病気」と定義され,これにはがん以外のいろいろな疾患が含まれます。心不全や腎不全に代表される臓器不全,脳梗塞やALSなどの神経疾患,認知症,あるいは術後合併症が重なりICUで延命治療に依存した状態からなかなか改善しない場合(専門的にはこれをChronic Critical Illnessといいます)など,とにかくいろいろな状況で我々緩和ケアチームにコンサルトがきます。日本では,最近は少しずつ変わってきてはいますが,いまだにがん患者が対象の大部分を占めていると思います。
そして,これが最も大きな違いですが,米国の(特に大学病院などのアカデミックな施設の)急性期病院では,緩和ケア医は,がんが進行してこれ以上化学療法ができない状況になってから初めて出てくるのではなくて,病状のもっともっと早期から介入しています。化学療法をアクティブにやっているときにその症状のコントロールを助けるのはもちろんですが,それ以外でも,これ以上化学療法を続けるほうがいいのかどうか? あるいは非がん疾患で,例えば心不全の患者では心移植ができなくなったときに今後どうするか? コロナ肺炎で多臓器不全になりICUで数週間ドロドロになっている症例でどうするか? もっと極端な例では,高齢でハイリスクな患者にそもそも開心で弁置換術をするのかしないのか? といういわゆる意思決定支援に深くコミットします。状況が悪いとき,治療方針の決定が難しいときに,主治医チームが説明をしても話がうまくまとまらなければ,コミュニケーションを助けてほしいと依頼がきます。つまり,米国の緩和ケア医は特に判断が難しい場合の「コミュニケーションのプロ」として認識されている,ということを意味します。
コロンビア大学はニューヨークのマンハッタンにある740床の大学病院です。私が赴任する2013年以前は,緩和ケア科は医師が1人,ナース・プラクティショナー(NP)が1人,ソーシャルワーカー(SW)が1人,チャプレインが1人,という非常にこじんまりした部門でした。この規模の施設で緩和ケアチームがこれだけ,というのはほとんどジョークです。しかもたちの悪い。おそらく病院の上層部がその重要性を理解していなかったせいだと思います。しかし,そこから病院のサポートが拡大し,その一環で作られたポジションに私が収まり,ゆっくりとですが着実に広がりをみせ,現在は医師が9人,NPが7人,SWが7人,フェローが5人,チャプレインが2人というそれなりの部門に成長しました。
個人的にはこの10年間は本当に頑張って働きました。米国のアカデミックな施設での緩和ケア医は,勤務時間の半分を臨床,半分を研究や教育に充てるのが普通なのですが,私の場合は,特に最初は人が少なかったというやむを得ない理由のせいもあって,フルタイムで臨床,隙間時間で研究と教育という形になりました。当時,コロンビア大学は米国の各部門でトップクラスであるにもかかわらず,施設全体に緩和ケアがまだ行き届いていないという,いってみればある意味非常に特殊な環境でした。一般的にいって,治療技術が優れていて今まで治らなかったものが治るようになるほど,(皮肉なことですが),逆に治療がうまくいかないときの意思決定は難しくなります。コロンビア大学のような大学病院には,周りの病院ではどうしようもなくて,最後の希望を抱いた患者とその家族がたくさん集まってきます。治療がうまく行けば素晴らしいですが,それと同じくらいうまく行かないことは当然あるわけで,そういう場合の意思決定のプロセスは必然的にことさらに難しくなるのです。この特殊な環境のおかげで,それこそ「浴びるように」難しいコミュニケーションのコンサルトに曝露されることになりました。これは,今振り返ると自分にとって非常にラッキーなことだったと思います。自分の肌感覚では,ほかの施設であれば15~20年かけないと得られない経験を積めたと考えています。例を挙げると,補助人工心臓の埋め込み手術(日本で最近保険診療が始まりました)の前に緩和ケアコンサルトをするプログラムを立ち上げ1),術前のアドバンスケアプラニングの会話を,自ら400例以上やってきました。また,2020年3月から4月にかけて,コロナのパンデミックでNYCが大変な状態になっていたときは,ERに押し寄せる患者に無益な延命治療をしないように,急遽ER専属の緩和ケアコミュニケーションチームを結成し,そのチームを率いて2週間で110人の患者家族と意思決定支援の会話をして,無益だと思われる延命治療の希望を83%から18%まで減少させた,という成果も出しました2)。
一つ一つの症例に悩みながら取り組み自省を繰り返してきたので,自分のコミュニケーションスキルがほかの医師と比べてどれくらい上手か(下手か)はわかりませんが,自分ほどコミュニケーションについて考えている医師はそんなにいないんじゃないかと自負しています。
臨床と同時に,学生や研修医への指導にも力を入れました。自分はいわゆる純ジャパで,英語の発音も日本語なまりが抜けませんし,あまり洒落た言い回しもできません。母国語ではない言語で重い話をするにあたり,一つ一つのフレーズの言い回しにことさら注意を払いました。そして,どうして○○ではなくて××と言ったほうがいいのか,どうしてそこでは何も言わないほうがいいのか,といったことについて,自分なりの考えをもつようになりました。それを学生や研修医に教えるときには,どうやって教えるのが一番わかりやすいのか,相手に納得してもらえるのかにも,ものすごく神経を使っています。指導のスキルはベッドサイトや,コミュニケーションスキルの研修会(米国ではVitalTalk3),日本ではかんわとーく4))を通して日々練習しています。
そういった臨床,教育,およびそれを論文化した功績を認められて,2019年にはコロンビア大学の優れた教育者としてVirginia Apgar Academy of Medical Educators,2024年にはコロンビア大学の優れた臨床医としてAcademy of Clinical Excellenceへの入会を認められました。さらには同年にコロンビア大学病院のナースによる選考で,その年の最も優れた医師に与えられるPhysician of the Yearにおよそ1,800人の医師のなかから選ばれました。
米国と日本で指導をしていてしみじみと感じるのは,コミュニケーションに関する教育が非常に遅れているということです。米国は日本よりはまだマシですが,それでも全然足りません。日本では,日本緩和医療学会が主導しているプログラムはあるものの,特に医学部や初期研修での教育という点でいうと,ほとんど存在していないのではないでしょうか? これは本当に問題だと思っています。医師であれば,医学部や初期研修において全身の疾患や治療をまんべんなく,ものすごい時間とエネルギーを使って一生懸命勉強しますが,いったん自分の専門が決まってしまうと,その専門科以外の知識は結局あまり使わなくなるのが普通です。しかし,医療者として仕事をして患者や家族と話をするのであれば,相手に何か悪い知らせを伝えることを避けるのは,どの専門科を選んだとしても不可能です。それなのに,コミュニケーションの教育や指導に割かれている時間は驚くほど少ないか,ほとんどありません。医師は各自が自分の感覚で,見様見真似でやっており,ぶっちゃけていうと(もちろん上手な医療者もたくさんいますが)基本的に「医師は口の利き方を知らない」といっていいと思います。
この本では,私の経験をもとに,人生会議を中心に,コミュニケーションについて考えていることをシェアしたいと思います。私が所属しているかんわとーくのグループで「新訂版 緊急ACP悪い知らせの伝え方,大切なことの決め方」(医学書院)という書籍を2022年に出版しました。そこでは基本的なコミュニケーションスキル(SPIKES,NURSE,REMAP)について解説しましたが,この本ではもう少し深く踏み込んで,私がコミュニケーションに関して気をつけていることを説明してみたいと思います。
2024年7月
中川俊一
コロンビア大学内科准教授,成人緩和ケア部門ディレクター
文献
1) Nakagawa S, etal. J Palliat Med 2017; 20: 977—83. PMID: 28504892
2) Lee J, et al. JAMA Intern Med2 020; 180: 1252—54. PMID: 32501486
3) Vital Talk Webサイト.https://www.vitaltalk.org/
4) かんわとーくWebサイト.https://kanwatalk.jp/
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目次
Ⅰ ACPはなぜ必要か?
ACPが必要になる場面での会話から考える
意思決定支援の会話は3ステージ
1stステージ 病状の説明
01 事前の準備が超重要
02 医療者側で意志の統一が得られているか
03 話をする物理的な場所を確保する
04 自己紹介と開会の言葉
05 こちらから説明を始める前に相手の理解を確かめる
06 情報の伝達「2分ルール」
07 情報の伝達「50%ルール」
08 予後の情報をどう伝えるか?
09 予後情報を伝えたあとは感情に留意する
10 質問にはシンプルに答える
11 会話に出席しているすべての人に注意を払う
2ndステージ 治療ゴールの設定
01 2ndステージを抜かす失敗が一番多い
02 Shared decision makingとは?
03 新しいコンピューターを買うときの,店員さんの説明から考えみてる
04 人生観,価値観を探るためにどんな質問を投げかけるか
05 治療のゴールを大まかに3つの方向に分ける
3rdステージ 治療オプションの相談
01 3rdステージは医療者側がリードする
02 一つ一つの医療行為のbenefitとburdenを考える
03 治療のゴールを達成するのに何が必要で何が必要でないのかを考える
04 治療法を提案するときは「〇〇はしないほうがいいと思いますよ。どうですか?」と尋ねる
05 治療法の提案はポジティブなことを先に,ネガティブなことをあとで
06 治療法については交渉が必要
07 Time limited trial(お試し期間)を提案する
Ⅱ ACPについて
01 ACPについて
02 ACPの定義
03 ACPに含まれるもの
04 事前指示書が効果を発揮するには?
05 ACPの研究が示してきたこと
06 もっと本当の意味でのACPでは人生観,価値観をシェアする
07 すべての会話は3ステージでアプローチする
08 常に2ndステージを考える
09 理想的なACPの形は?
10 なぜACPをしたほうがいいのか? ACPは自分のため?
11 ACPが大切である真の理由は?「患者本人が家族に贈ることのできる最大のプレゼント」
12 ACPはいつ始めるのがいいのか?
Ⅲ 実際にACPについてどう話すか?
01 ACPを妨げるハードル どうやって会話を切り出すか?
02 イケてないACPの例
03 ACPで尋ねる4つの質問
04 どの順番で尋ねるか?
05 ポジティブからネガティブへの転換 “Hope for the best, plan for the worst”
06 どうやって話をふくらませるか? フォローアップの3つの質問
07 フォローアップの質問は繰り返して使う
08 ACPは1回やったら終わり?「イベント」ではなくて「プロセス」
09 ACPは誰がやる?
10 以前の情報があるときは,その情報を利用する
Ⅳ こんなときどうするか?
01 「私は死ぬんですか?」
02 「本人には言わないで」
03「ICUで外科手術後の患者。術後4週が経過。もうどう見ても救命できそうにないのに外科医の意向が強すぎて,家族との話し合いを始めることすらできない」
04 「3ステージのアプローチは理解できる。でも,そんなのやる時間がないよ」
05 「先生にすべてお任せします」
06 「先生が家族だったらどうしますか?」
07 「もしものことなんて縁起でもない!」
08 「ACPでは治療のことは話すなというけど,その話になったらどうするの?」
09 「2ndステージを先にやっちゃだめ?」
10 「それ明らかに本人の意向と違うんじゃない?!」
Ⅴ コミュニケーションのコツ
01 「残念」はbad word
02 副詞を強調する
03 NURSEは目的ではなくて手段
04 同じフレーズでも言い方次第で伝わり方が変わる
05 「頑張ってきたのはわかります」はNG
06 「〇〇が必要ですが,どうしますか?」
07 決断をその場で無理強いしない。北風と太陽の話
08 医療者の価値観を押しつけるのはご法度
09 しつこすぎるinvitation
10 反復という名のオウム返し
11 沈黙の使い方
12 「私」vs「私たち」
13 相手の立場に立って考える。「患者に寄り添う」必要はあるのか?
Column コミュニケーションの上達のために
01 予習と復習の大切さ
02 「緩和ケアで悪い知らせばかり伝えていると嫌になりませんか?」
03 コミュニケーションの成否を決めるのは何か?
04 コミュニケーションはスキル
ACPが必要になる場面での会話から考える
意思決定支援の会話は3ステージ
1stステージ 病状の説明
01 事前の準備が超重要
02 医療者側で意志の統一が得られているか
03 話をする物理的な場所を確保する
04 自己紹介と開会の言葉
05 こちらから説明を始める前に相手の理解を確かめる
06 情報の伝達「2分ルール」
07 情報の伝達「50%ルール」
08 予後の情報をどう伝えるか?
09 予後情報を伝えたあとは感情に留意する
10 質問にはシンプルに答える
11 会話に出席しているすべての人に注意を払う
2ndステージ 治療ゴールの設定
01 2ndステージを抜かす失敗が一番多い
02 Shared decision makingとは?
03 新しいコンピューターを買うときの,店員さんの説明から考えみてる
04 人生観,価値観を探るためにどんな質問を投げかけるか
05 治療のゴールを大まかに3つの方向に分ける
3rdステージ 治療オプションの相談
01 3rdステージは医療者側がリードする
02 一つ一つの医療行為のbenefitとburdenを考える
03 治療のゴールを達成するのに何が必要で何が必要でないのかを考える
04 治療法を提案するときは「〇〇はしないほうがいいと思いますよ。どうですか?」と尋ねる
05 治療法の提案はポジティブなことを先に,ネガティブなことをあとで
06 治療法については交渉が必要
07 Time limited trial(お試し期間)を提案する
Ⅱ ACPについて
01 ACPについて
02 ACPの定義
03 ACPに含まれるもの
04 事前指示書が効果を発揮するには?
05 ACPの研究が示してきたこと
06 もっと本当の意味でのACPでは人生観,価値観をシェアする
07 すべての会話は3ステージでアプローチする
08 常に2ndステージを考える
09 理想的なACPの形は?
10 なぜACPをしたほうがいいのか? ACPは自分のため?
11 ACPが大切である真の理由は?「患者本人が家族に贈ることのできる最大のプレゼント」
12 ACPはいつ始めるのがいいのか?
Ⅲ 実際にACPについてどう話すか?
01 ACPを妨げるハードル どうやって会話を切り出すか?
02 イケてないACPの例
03 ACPで尋ねる4つの質問
04 どの順番で尋ねるか?
05 ポジティブからネガティブへの転換 “Hope for the best, plan for the worst”
06 どうやって話をふくらませるか? フォローアップの3つの質問
07 フォローアップの質問は繰り返して使う
08 ACPは1回やったら終わり?「イベント」ではなくて「プロセス」
09 ACPは誰がやる?
10 以前の情報があるときは,その情報を利用する
Ⅳ こんなときどうするか?
01 「私は死ぬんですか?」
02 「本人には言わないで」
03「ICUで外科手術後の患者。術後4週が経過。もうどう見ても救命できそうにないのに外科医の意向が強すぎて,家族との話し合いを始めることすらできない」
04 「3ステージのアプローチは理解できる。でも,そんなのやる時間がないよ」
05 「先生にすべてお任せします」
06 「先生が家族だったらどうしますか?」
07 「もしものことなんて縁起でもない!」
08 「ACPでは治療のことは話すなというけど,その話になったらどうするの?」
09 「2ndステージを先にやっちゃだめ?」
10 「それ明らかに本人の意向と違うんじゃない?!」
Ⅴ コミュニケーションのコツ
01 「残念」はbad word
02 副詞を強調する
03 NURSEは目的ではなくて手段
04 同じフレーズでも言い方次第で伝わり方が変わる
05 「頑張ってきたのはわかります」はNG
06 「〇〇が必要ですが,どうしますか?」
07 決断をその場で無理強いしない。北風と太陽の話
08 医療者の価値観を押しつけるのはご法度
09 しつこすぎるinvitation
10 反復という名のオウム返し
11 沈黙の使い方
12 「私」vs「私たち」
13 相手の立場に立って考える。「患者に寄り添う」必要はあるのか?
Column コミュニケーションの上達のために
01 予習と復習の大切さ
02 「緩和ケアで悪い知らせばかり伝えていると嫌になりませんか?」
03 コミュニケーションの成否を決めるのは何か?
04 コミュニケーションはスキル
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コミュニケーションとは生来のセンスでするものではない。手術手技と同様に,なぜそうするのか明確な理由があり,誰もが身につけることのできる「スキル」である
コミュニケーションとは生来のセンスでするものではない。手術手技と同様に,なぜそうするのか明確な理由があり,誰もが身につけることのできる「スキル」である――。
日本での外科研修を経て渡米し,紆余曲折を経て米国日本人緩和ケア医となった著者が,あなたのACPはなぜうまくいかないのか,「3ステージプロトコル」に沿って解き明かす。自分が今,会話のどの時点にいて,何をしなくてはならないかを客観的に理解し,緊張したり混乱しがちなACPの場面で冷静に対応することができるアプローチである。相手の理解力を確かめる,病状は2分以内にまとめる,医療者は会話の50%以上話してはいけない,質問にはワンワードワンセンテンスで答える……,「何をすべきで,何をすべきでないのか」をスキルとして明快に解説。
米国で直接指導する研修医だけではなく,もっとたくさんの人を教育できればとSNSでも日々発信する著者のプロフェッショナリズムを体系的にまとめた待望の書籍である。