patient centered careを意識した
産婦人科外来診療・小手術の
局所浸潤麻酔・伝達麻酔
[Web動画付]
定価 7,920円(税込) (本体7,200円+税)
- B5判 160ページ オールカラー,イラスト50点,写真30点
- 2022年8月1日刊行
- ISBN978-4-7583-2128-0
電子版
序文
序 文 Sadistと言われて
痛みは記憶に残る。
小学校時代の,う歯(虫歯)治療の際の局所麻酔の痛さと恐怖感が,今でもよみがえる。その恐怖感を抱きながら最近歯科で抜歯をしたが,まったく痛くなかった。針が進化し,極細になったためだという。
研修医時代の印象的な出来事もある。指導医がアメリカ人にダグラス窩穿刺を行ったところ,患者は“ギャー”と叫び怒鳴っていた。その時の“a sadist !”という言葉が今でも耳にのこっている。今から考えると,当時は説明不足,verbal supportがなされていなかったと思う。痛みに関することは心的外傷としてのこりやすい。
産科臨床現場では,助産師の叱咤激励が身近にあり,お産は痛いもの,陣痛は我慢するものという“痛みに無頓着な文化”がある。“女性は痛みに強い!?”との神話も生まれやすい。私自身の研修現場でも,不十分な麻酔下での産科処置やどさくさ紛れの無麻酔処置が横行していた。メンタルヘルスケアに関わるようになってから,痛みの不安,恐怖に関連したうつ病やPTSDがいかに多いか実感する。今,痛みに対する診療の在り方が問われている。産婦人科外来診療においては,診療科特有の内診のため,患者の羞恥,不安,恐怖,怒りなどのさまざまな感情に接することも多く,いかに不安なく安心して診療が受けられるかが患者との信頼関係を築くうえでも重要である。
初期研修時の麻酔科ローテーションでは,全身麻酔,脊椎麻酔,硬膜外麻酔の教育は行われるが,局所浸潤麻酔について指導される機会は少ない。産婦人科領域での局所浸潤麻酔や伝達麻酔の手技のことは,麻酔科医に聞いても知らないことが多く,手術担当科でon the job trainingとして個々の手術時に直接指導されることが多い。このため,指導者により方法が異なり,系統だって教わる機会も少ない。会陰切開術や会陰裂傷縫合術は専攻医研修早期に学ぶ手技であり,局所麻酔は必須の麻酔法である。しかも軟産道裂傷の縫合は迅速さが求められ,技術差が出血量に直接反映するため,痛くなく確実に,かつ手早く技術指導を行いたいが,患者が覚醒しているため難しいこともある。また,麻酔効果は創傷治癒や感染,縫合部疼痛,満足度,PTSD,tocophobia(分娩恐怖症),うつ病発症などにもつながる。
今回,産婦人科領域で用いられる局所浸潤麻酔や伝達麻酔の理論と基本的な手技などについて紹介するとともに,安心して産婦人科外来にかかり,診療をうけ,手術を受けることができるpatient centered careとはなにかを,改めて考えるきっかけになればと思っている。なお,脊椎麻酔,硬膜外麻酔や無痛分娩は本書では取り扱わず,成書に譲る。
2022年7月吉日
順天堂大学医学部産婦人科学講座特任教授/母子愛育会愛育研究所所長
竹田 省
痛みは記憶に残る。
小学校時代の,う歯(虫歯)治療の際の局所麻酔の痛さと恐怖感が,今でもよみがえる。その恐怖感を抱きながら最近歯科で抜歯をしたが,まったく痛くなかった。針が進化し,極細になったためだという。
研修医時代の印象的な出来事もある。指導医がアメリカ人にダグラス窩穿刺を行ったところ,患者は“ギャー”と叫び怒鳴っていた。その時の“a sadist !”という言葉が今でも耳にのこっている。今から考えると,当時は説明不足,verbal supportがなされていなかったと思う。痛みに関することは心的外傷としてのこりやすい。
産科臨床現場では,助産師の叱咤激励が身近にあり,お産は痛いもの,陣痛は我慢するものという“痛みに無頓着な文化”がある。“女性は痛みに強い!?”との神話も生まれやすい。私自身の研修現場でも,不十分な麻酔下での産科処置やどさくさ紛れの無麻酔処置が横行していた。メンタルヘルスケアに関わるようになってから,痛みの不安,恐怖に関連したうつ病やPTSDがいかに多いか実感する。今,痛みに対する診療の在り方が問われている。産婦人科外来診療においては,診療科特有の内診のため,患者の羞恥,不安,恐怖,怒りなどのさまざまな感情に接することも多く,いかに不安なく安心して診療が受けられるかが患者との信頼関係を築くうえでも重要である。
初期研修時の麻酔科ローテーションでは,全身麻酔,脊椎麻酔,硬膜外麻酔の教育は行われるが,局所浸潤麻酔について指導される機会は少ない。産婦人科領域での局所浸潤麻酔や伝達麻酔の手技のことは,麻酔科医に聞いても知らないことが多く,手術担当科でon the job trainingとして個々の手術時に直接指導されることが多い。このため,指導者により方法が異なり,系統だって教わる機会も少ない。会陰切開術や会陰裂傷縫合術は専攻医研修早期に学ぶ手技であり,局所麻酔は必須の麻酔法である。しかも軟産道裂傷の縫合は迅速さが求められ,技術差が出血量に直接反映するため,痛くなく確実に,かつ手早く技術指導を行いたいが,患者が覚醒しているため難しいこともある。また,麻酔効果は創傷治癒や感染,縫合部疼痛,満足度,PTSD,tocophobia(分娩恐怖症),うつ病発症などにもつながる。
今回,産婦人科領域で用いられる局所浸潤麻酔や伝達麻酔の理論と基本的な手技などについて紹介するとともに,安心して産婦人科外来にかかり,診療をうけ,手術を受けることができるpatient centered careとはなにかを,改めて考えるきっかけになればと思っている。なお,脊椎麻酔,硬膜外麻酔や無痛分娩は本書では取り扱わず,成書に譲る。
2022年7月吉日
順天堂大学医学部産婦人科学講座特任教授/母子愛育会愛育研究所所長
竹田 省
全文表示する
閉じる
目次
第1章 “我慢”の産婦人科診療
1. 痛みを我慢させない診療とは? Patient centered care
2. 婦人科の痛み
3. 産科領域の痛み
4. 出産恐怖症(tokophobia.) とは
5. 流産・死産のグリーフケア
6. 産婦人科と慢性疼痛
7. 内診のいらない分娩管理 超音波による児頭下降度の 評価と安全な器械分娩
第2章 局所浸潤麻酔・伝達麻酔総論
1. 骨盤内血管・神経系解剖
2. 局所麻酔薬の種類と作用機序
3. 局所麻酔薬の副作用と対処法
4. 産婦人科における局所浸潤麻酔・伝達麻酔
第3章 麻酔の実際
1. 局所浸潤麻酔の実際
(1)産科
①会陰切開,会陰・陰唇・腟壁裂傷,会陰切開・裂傷の縫合法
②帝王切開術
(2)婦人科外来
2. 伝達麻酔の実際
(1)傍頸管麻酔(Paracervical block)
①総論
②流産手術
③採卵・ダグラス窩穿刺
④円錐切除術(LEEP・laser vaporization)
(2.)陰部神経麻酔(Pudendal block)
第4章 縫合部疼痛(異常瘢痕. を避ける縫合法
1. Patient centered suture
求められる手術手技の改善
Patient centered careを目指した縫合法
頸管内出血が持続する場合
早くからの出血傾向
会陰裂傷の縫合
深い軟産道裂傷
陳旧性の直腸腟瘻や会陰直腸瘻
止血・縫合困難な裂傷縫合
2. 異常瘢痕肉芽
帝王切開瘢痕症候群の症例報告
異常瘢痕肉芽の原因
創傷治癒過程の発症原因
痛み防止への配慮
1. 痛みを我慢させない診療とは? Patient centered care
2. 婦人科の痛み
3. 産科領域の痛み
4. 出産恐怖症(tokophobia.) とは
5. 流産・死産のグリーフケア
6. 産婦人科と慢性疼痛
7. 内診のいらない分娩管理 超音波による児頭下降度の 評価と安全な器械分娩
第2章 局所浸潤麻酔・伝達麻酔総論
1. 骨盤内血管・神経系解剖
2. 局所麻酔薬の種類と作用機序
3. 局所麻酔薬の副作用と対処法
4. 産婦人科における局所浸潤麻酔・伝達麻酔
第3章 麻酔の実際
1. 局所浸潤麻酔の実際
(1)産科
①会陰切開,会陰・陰唇・腟壁裂傷,会陰切開・裂傷の縫合法
②帝王切開術
(2)婦人科外来
2. 伝達麻酔の実際
(1)傍頸管麻酔(Paracervical block)
①総論
②流産手術
③採卵・ダグラス窩穿刺
④円錐切除術(LEEP・laser vaporization)
(2.)陰部神経麻酔(Pudendal block)
第4章 縫合部疼痛(異常瘢痕. を避ける縫合法
1. Patient centered suture
求められる手術手技の改善
Patient centered careを目指した縫合法
頸管内出血が持続する場合
早くからの出血傾向
会陰裂傷の縫合
深い軟産道裂傷
陳旧性の直腸腟瘻や会陰直腸瘻
止血・縫合困難な裂傷縫合
2. 異常瘢痕肉芽
帝王切開瘢痕症候群の症例報告
異常瘢痕肉芽の原因
創傷治癒過程の発症原因
痛み防止への配慮
全文表示する
閉じる
痛みを我慢させてませんか? 正しい麻酔技術を身に付ければ確実に患者満足度が上ります!
産婦人科診療・小手術における痛みに対する麻酔処置(局所浸潤麻酔,伝達麻酔)について,麻酔の機序から手技の実際,さらにはこれらの麻酔を使用する産婦人科小手術の際の縫合法についても詳細に解説。
会陰縫合や不妊治療の採卵処置に対して“痛い”というイメージをもつ女性は少なくないが,簡便に広く情報を得ることができる現在においては,痛みを伴う治療への疑問や,より痛みの少ない治療への要望が高まっている。これまで重視されておらず,誰も教えてくれなかった局所浸潤麻酔や伝達麻酔を効果的に用いることで小手術の質を向上させ,痛みや負担を軽減できれば,患者満足度は向上し,ひいては施設の評判も高めることにもつながる。分娩恐怖症や流産・死産のグリーフケアなど,患者のメンタルヘルスケアについても記載。