横行結腸間膜の解剖からみた
腹腔鏡下結腸癌手術の
Strategy & Tactics
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定価 7,700円(税込) (本体7,000円+税)
- B5判 104ページ オールカラー,イラスト70点,写真30点
- 2016年12月2日刊行
- ISBN978-4-7583-1522-7
電子版
序文
監修のことば
手術には,単なる解剖学でなくsurgical anatomyの把握が必須であるとよく言われる。腹腔鏡下手術の時代となった今,laparoscopic anatomyなる新語がさらに強調されるようになった。周知のように,腹腔鏡下手術には,ときに解剖の把握が困難で構造物や所見を見落としたり,誤認しやすい性質が内在しているからである。固定された二次元映像が主たる情報源あることが主因である。とくに,結腸は手術対象物として腹腔に比して相対的に体積が大きい。どちらかというと接近戦の得意な腹腔鏡下での結腸手術は,これらの欠点が増幅される可能性がある。たればこそ,腹腔鏡手術習得の前提として開腹手術の経験が必要であることが,長年言われ続けてきたわけである。結腸の腹腔鏡下手術では,どちらかと前陣型接近戦よりも後陣型ボクサータイプの手術が求められる。術野が横行結腸間膜の頭側の網嚢内であったり結腸間膜の尾側であったり,あるいは臍から遠い脾湾曲や骨盤側の処理が必要であったりするからである。
同僚である著者の松村直樹博士は,その辺を重視して,横行結腸間膜を操作する腹腔鏡下結腸癌手術において,接近戦だけで確実に手術が捗る定型化した手順を考案した。また,人間の解剖は機械のように単一ではなく,確実な構造物から破格や稀にしか遭遇しない奇形まで変化がある。さらに,癒着や炎症により解剖の変化は手術を時々戸惑わせる。これに対しても,分かりやすい確実な構造をはじめに手掛け,次第に難しいあるいは紛らわしいところに攻め入るような戦略を提案している。これは,メジャーの外科手術の古からの王道であり,今流の医療安全につながる納得の手技であろう。
本書は,著者の精魂を込めた力作であり,イラストが巧みで色彩豊かでわかりやすい。外科医思いの格好の手引書になろう。横行結腸手術を制する者は結腸癌手術が一丁前になったことを意味しよう。大腸癌手術の座右の書として推薦申し上げたい。
2016年11月
徳村 弘実
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序
横行結腸癌や下行結腸癌は頻度が低いうえ難易度は高く,決して他の部位の大腸癌と同等に腹腔鏡下手術がされているとはいえません。根治性と安全性,あるいは手技の習熟度から開腹手術を選択するケースが比較的多いかもしれません。その理由の本質は,横行結腸間膜を取り巻く難解な解剖であるのは,皆わかっているのですが…。
私個人は自分の手術を向上させるべく,手術に直結するヒントがないかと解剖学アトラスの成書を探しました。しかし,なかなかピンとくる解剖を描いた画は見つからず,むしろ実際の手術で遭遇する状況との乖離を感じたほどでした。つまり,この領域に関しては,解剖学アトラスを眺めても決して手術が進まなかったのです。それなら「実際に自分で解剖学アトラスのような解剖を整理して表現してみよう」とイラストを描き始めました。まず手描きのイラストでやってみましたが,修正がしづらく描くエネルギーも大変で,また切り貼りできないし転用もしづらいのがわかりました。そこで未経験でしたが,本書の図のようにPC(デジタル)でイラストを描くことにしました。
当初は「ここに何があるのか?」という解剖を繙けばいいと気楽に思っていただけなので,横行結腸,膵臓,十二指腸,結腸間膜,大網,網嚢など各臓器,構造物をバラバラにしてひとつひとつ描いては喜んでいました。ひと通り出来上がると,描き出したそれらの画を組み合わせたりしたくなりました。さらには組み合わせて立体化した図の断面図を作ってみたりしました。すると実際の手術ではイメージしにくかった解剖のヒントや各構造物の関係が解ってきたような気がしてきました。この作業で気づいたのは当たり前ですが,立体構造を理解していないと組み上げられないし,つじつまが合わないと画と画は組み合わないのです。断面図も作れないのです。つまりは,今まで「きっとこれが正解だ」と認識していた解剖が,組み合わせて初めて「実際の手術と整合性がない」という矛盾に気づいてきた瞬間でした。結果,そのたびに臨床に即した解剖の画へ修正(むしろ誤りに気付くfeedback?)していきました。すると,欲が出て手術の状況に即した画も作ってみました。それが結果としてStrategyにつながる解剖の要点(攻めにくさ,攻めやすさ)になったのです。
私は外科医であり解剖の専門家ではないので,「専門家しか見えないものや,顕微鏡でしかわからないもの」は当然描くことはできません。ですから「見えるかもしれないが,あるかどうかわからないが議論のある膜のような構造物」は表現として避けています。むしろ「必ず認識できる構造物を手術という実臨床に即して表現」し,ストレスなく安全にアプローチできるようにしたいのが本書の意義なのです。
本書のもう一つの意義は,臨床に有用な解剖のアトラスを使って「Strategy:手術戦略」を立て,「Tactics:手術戦術」を作ってできるだけ図示化することです。さらに患者体位や外科医の立ち位置,モニター,術者,助手,スコープの使用ポートや鉗子の牽引方向も図示化しました(これらは文章に書いても読みにくい)。これにより直感的に手術アトラスを読んでいっていただけたらと思います。その実は私の技術に耐えうる手術のStrategyとTacticsなので,ベテランあるいはすでに定型化されている先生方には納得いかない内容かもしれません。この領域は難解だからこそ議論があってしかるべきで,その点でご容赦いただけたらと思います。
また,本書は「腹腔鏡下結腸癌手術」と総論調にしつつも,横行結腸部分切除術と左半結腸切除術しか内容がありません。これは他の結腸癌,直腸癌はすでに良著,良いDVDがあり,重複するからです。まさに腹腔鏡下大腸癌手術を始めたという先生からさまざまな先生まで「本書で補完するとすべての術式が揃う」という理解でご容赦いただけば幸いです。
最後に,本書を上梓するにあたり監修,校正をいただいた恩師 徳村弘実先生には,日々のご指導も含め厚く厚く御礼申し上げます。また,これまで一緒に仕事をしていただいた同僚医師,看護師,多職種の方々にも心から御礼申し上げますとともに,支えてくれた家族に感謝します。今回,一外科医の私に企画,助言,編集をいただきましたメジカルビュー社編集部の宮澤進氏,吉田富生氏に深く感謝いたします。
2016年11月
松村 直樹
手術には,単なる解剖学でなくsurgical anatomyの把握が必須であるとよく言われる。腹腔鏡下手術の時代となった今,laparoscopic anatomyなる新語がさらに強調されるようになった。周知のように,腹腔鏡下手術には,ときに解剖の把握が困難で構造物や所見を見落としたり,誤認しやすい性質が内在しているからである。固定された二次元映像が主たる情報源あることが主因である。とくに,結腸は手術対象物として腹腔に比して相対的に体積が大きい。どちらかというと接近戦の得意な腹腔鏡下での結腸手術は,これらの欠点が増幅される可能性がある。たればこそ,腹腔鏡手術習得の前提として開腹手術の経験が必要であることが,長年言われ続けてきたわけである。結腸の腹腔鏡下手術では,どちらかと前陣型接近戦よりも後陣型ボクサータイプの手術が求められる。術野が横行結腸間膜の頭側の網嚢内であったり結腸間膜の尾側であったり,あるいは臍から遠い脾湾曲や骨盤側の処理が必要であったりするからである。
同僚である著者の松村直樹博士は,その辺を重視して,横行結腸間膜を操作する腹腔鏡下結腸癌手術において,接近戦だけで確実に手術が捗る定型化した手順を考案した。また,人間の解剖は機械のように単一ではなく,確実な構造物から破格や稀にしか遭遇しない奇形まで変化がある。さらに,癒着や炎症により解剖の変化は手術を時々戸惑わせる。これに対しても,分かりやすい確実な構造をはじめに手掛け,次第に難しいあるいは紛らわしいところに攻め入るような戦略を提案している。これは,メジャーの外科手術の古からの王道であり,今流の医療安全につながる納得の手技であろう。
本書は,著者の精魂を込めた力作であり,イラストが巧みで色彩豊かでわかりやすい。外科医思いの格好の手引書になろう。横行結腸手術を制する者は結腸癌手術が一丁前になったことを意味しよう。大腸癌手術の座右の書として推薦申し上げたい。
2016年11月
徳村 弘実
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序
横行結腸癌や下行結腸癌は頻度が低いうえ難易度は高く,決して他の部位の大腸癌と同等に腹腔鏡下手術がされているとはいえません。根治性と安全性,あるいは手技の習熟度から開腹手術を選択するケースが比較的多いかもしれません。その理由の本質は,横行結腸間膜を取り巻く難解な解剖であるのは,皆わかっているのですが…。
私個人は自分の手術を向上させるべく,手術に直結するヒントがないかと解剖学アトラスの成書を探しました。しかし,なかなかピンとくる解剖を描いた画は見つからず,むしろ実際の手術で遭遇する状況との乖離を感じたほどでした。つまり,この領域に関しては,解剖学アトラスを眺めても決して手術が進まなかったのです。それなら「実際に自分で解剖学アトラスのような解剖を整理して表現してみよう」とイラストを描き始めました。まず手描きのイラストでやってみましたが,修正がしづらく描くエネルギーも大変で,また切り貼りできないし転用もしづらいのがわかりました。そこで未経験でしたが,本書の図のようにPC(デジタル)でイラストを描くことにしました。
当初は「ここに何があるのか?」という解剖を繙けばいいと気楽に思っていただけなので,横行結腸,膵臓,十二指腸,結腸間膜,大網,網嚢など各臓器,構造物をバラバラにしてひとつひとつ描いては喜んでいました。ひと通り出来上がると,描き出したそれらの画を組み合わせたりしたくなりました。さらには組み合わせて立体化した図の断面図を作ってみたりしました。すると実際の手術ではイメージしにくかった解剖のヒントや各構造物の関係が解ってきたような気がしてきました。この作業で気づいたのは当たり前ですが,立体構造を理解していないと組み上げられないし,つじつまが合わないと画と画は組み合わないのです。断面図も作れないのです。つまりは,今まで「きっとこれが正解だ」と認識していた解剖が,組み合わせて初めて「実際の手術と整合性がない」という矛盾に気づいてきた瞬間でした。結果,そのたびに臨床に即した解剖の画へ修正(むしろ誤りに気付くfeedback?)していきました。すると,欲が出て手術の状況に即した画も作ってみました。それが結果としてStrategyにつながる解剖の要点(攻めにくさ,攻めやすさ)になったのです。
私は外科医であり解剖の専門家ではないので,「専門家しか見えないものや,顕微鏡でしかわからないもの」は当然描くことはできません。ですから「見えるかもしれないが,あるかどうかわからないが議論のある膜のような構造物」は表現として避けています。むしろ「必ず認識できる構造物を手術という実臨床に即して表現」し,ストレスなく安全にアプローチできるようにしたいのが本書の意義なのです。
本書のもう一つの意義は,臨床に有用な解剖のアトラスを使って「Strategy:手術戦略」を立て,「Tactics:手術戦術」を作ってできるだけ図示化することです。さらに患者体位や外科医の立ち位置,モニター,術者,助手,スコープの使用ポートや鉗子の牽引方向も図示化しました(これらは文章に書いても読みにくい)。これにより直感的に手術アトラスを読んでいっていただけたらと思います。その実は私の技術に耐えうる手術のStrategyとTacticsなので,ベテランあるいはすでに定型化されている先生方には納得いかない内容かもしれません。この領域は難解だからこそ議論があってしかるべきで,その点でご容赦いただけたらと思います。
また,本書は「腹腔鏡下結腸癌手術」と総論調にしつつも,横行結腸部分切除術と左半結腸切除術しか内容がありません。これは他の結腸癌,直腸癌はすでに良著,良いDVDがあり,重複するからです。まさに腹腔鏡下大腸癌手術を始めたという先生からさまざまな先生まで「本書で補完するとすべての術式が揃う」という理解でご容赦いただけば幸いです。
最後に,本書を上梓するにあたり監修,校正をいただいた恩師 徳村弘実先生には,日々のご指導も含め厚く厚く御礼申し上げます。また,これまで一緒に仕事をしていただいた同僚医師,看護師,多職種の方々にも心から御礼申し上げますとともに,支えてくれた家族に感謝します。今回,一外科医の私に企画,助言,編集をいただきましたメジカルビュー社編集部の宮澤進氏,吉田富生氏に深く感謝いたします。
2016年11月
松村 直樹
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目次
Strategy とTactics とは?
解剖学的要素:横行結腸間膜とその周囲
横行結腸部分切除術
左半結腸切除術
解剖学的要素:横行結腸間膜とその周囲
横行結腸部分切除術
左半結腸切除術
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術者の目を通して,術者自身が描いたイラストによる腹腔鏡下結腸癌の手術書
腹腔鏡による手術の進歩は目覚ましく,手術を行う際にはまず「腹腔鏡による手術が可能か否か」が検討される時代となってきている。患者側にとっても,低侵襲で整容性に優れ,術後も早い段階で社会復帰できることから,開腹手術にはない大きなメリットがある。
しかし,モニター画面から得られる情報と自らの手の操作が一連の動きとして一致していなければならないという,腹腔鏡下手術ならではの盲点もあり,必要な技術と知識をきちんと身につけなければいけない。
消化器領域では,大腸において多く行われている腹腔鏡手術であるが,大腸癌において,横行結腸癌,下行結腸癌の手術は難易度が高い。その理由は他部位の大腸と違って解剖の特殊性にある。すなわち膵や脾といった重要臓器に隣接し,複雑な膜・層構造と脈管のバリエーションが挙げられる。
著者は学会発表や後進への指導のため,自ら手術手順のイラストを描いている。術者の目を通して描いたイラストによる,著者のメッセージがダイレクトに読者に伝わる手術書である。